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ギルド嬢の大罪無双〜平凡な受付嬢は禁断の力で世界を駆ける〜  作者: 柴咲心桜
第21章 忍耐の兆し編

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瘴気に呑まれた少女

 霧の谷間に現れた少女は、まるでこの世界に属していないかのようだった。


 白く透き通った髪に、深淵のような紅の瞳。


 その足元から立ちのぼる黒煙は、自然に逆らうように空へと流れていく。


「名を名乗りなさい」

 サティが正面に立ち、声をかける。


 少女は少し笑い、首をかしげた。


「名なんて、とうに忘れたわ。でも――そうね、あなたにだけは教えてあげる」


 霧の中に声が溶けていく。


「“エルナ”。それが、かつての私の名だった」



***


 ルリがわずかに目を見開いた。

「エルナ……? 聞いたこと、あるような……いや、気のせいか」


 ミネルバが静かに口を開く。

「“瘴気適応者”――人為的に瘴気と同化させられた存在。かつて、いくつかの禁忌研究で試みられたと聞くけど……まさか実在していたとは」


「つまり、人工的な“影”……?」


 エルナは笑う。

「影って便利よね。何でも背負わせられるし、何でも捨てられる」



***


 その時、空間が歪んだ。

 一瞬で、重力が反転したかのような圧力が全方位から押し寄せる。


 「来るわよ――ッ!」

 ルリが身を沈め、剣を抜く。


 だが、サティは一歩も動かない。


 (感じる。これは、“怒り”でも“虚飾”でもない)

 (彼女は、ただ――耐えてきた)



***


 サティの中で、《忍耐》の紋章がわずかに熱を持った。


 次の瞬間、彼女の足元に淡い光の陣が浮かび上がる。


 「クラウディア……見ていてくれるのね」


 その光は、瘴気の渦をゆっくりと押し返し始めた。


 怒りに任せて力をぶつけるのではなく、ただ“崩れぬ意志”で圧を相殺する。



***


 「あなた、本当に“人間”なの?」

 エルナの声が少しだけ揺れる。


 サティは静かに答えた。

 「私はただ、“私”でいるために、力を使っているだけ」


 エルナの足が止まった。


 そして、次の瞬間───


 彼女の体から、異質な瘴気が爆ぜた。

 それはまるで“自壊”するように。



***


 「やめて……!」


 サティは即座に前へと飛び込む。

 《暴食》の力で瘴気を吸収し、《忍耐》の力でエルナの体を包み込む。


 「あなたはまだ……壊れるべきじゃない!」



***


 光と闇がぶつかり、そして――静寂が訪れた。



***


 しばらくして、サティの腕の中に残ったのは、眠る少女の姿だった。


 瘴気はすべて浄化され、彼女の表情には安らぎすら宿っている。


「助けたの?」

 ミネルバが呆れたように言った。


「ええ。だって、誰も助けなかったのなら……私くらいは」



***


 その高台の陰――クラウディアが一瞬だけ姿を現した。


 ローブの奥で、満足げに小さく頷くと、再び風の中へと溶けていった。

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