再び歩む道
修道都市〈アシュレーン〉を後にし、サティたちは再び旅の道へと足を踏み出した。
霧がかかる山道を抜け、谷間の村へと続く石畳の道をゆっくりと進む。
「静かなところだったな、あの都市」
ルリがぽつりと呟く。
「沈黙がすべてを支配していたわね。息をすることすらためらうくらいに」
ミネルバも小さく笑う。
***
サティは胸元の紋章───《忍耐》の印に触れた。
心に残るのは、クラウディアの厳しくもあたたかい瞳。
(あの人はもう、いない……そう見せているだけ)
確信があった。
クラウディアは、表立っては現れない。
けれど、きっとどこかで見守ってくれている。その強い気配を、サティは感じていた。
***
「……で、次の目的地は決まってるの?」
ルリが尋ねる。
「うん。いったん南の交易都市〈カザルス〉に寄るつもり」
サティが答える。
「《勤勉》の美徳と、いずれ向き合うためにもね」
「カザルスか……知識と労働の街、だったかな」 ミネルバが少しだけ顔をしかめた。
「賑やかすぎて、わたしにはあまり向かないけど」
***
そのとき───
風の流れが変わった。
遠く、谷底から黒い影が這い上がってくるような気配。
「サティ……来る」ルリが剣に手を添える。
「瘴気。……でもこれは、核ではない」
ミネルバの声が鋭くなる。
「“瘴気を吸い集めた器”のような……まさか」
***
谷の先から姿を現したのは、歪んだ魔獣でも影の核でもなかった。
一人の少女だった。
だがその身から放たれる黒い気流は、まるで瘴気そのもの。
「……あなたが、大罪の力を持つ者?」
サティたちを見据えるその瞳は、正気と狂気の狭間に揺れていた。
***
「誰?」サティが問いかける。
少女はただ――にやりと笑った。
「呼び方は何でもいいわ。けれど……私が探していた“対”は、きっとあなた」
次の戦いの幕が、音もなく上がった───。




