導きの地図
サティは、写本を手にしたまま、小高い丘に立っていた。
ルリはその横で、陽の傾きを眺めている。
「次の目的地……決まってる?」
「ええ。エルナが残してくれた記録によると、“忍耐”の記憶は───」
サティは写本を開き、特定のページに記された地図を見せた。
その中心には、“ヴァローナ渓谷”という地名が記されていた。
「そこは、かつて怠惰に飲まれた王が、長き眠りから目覚めずに消えた場所。
《忍耐》は、そこで形を変えて今も残ってるらしい」
ルリは眉をひそめた。
「……つまり、また遺跡系?」
「そうね。でも、今回は少し違う。
“待つこと”そのものが力になる場所──らしいわ」
ふたりは丘を下り、小さな村に向けて歩き出す。
その村から、馬車で東の山脈を越えることができる。
旅の再出発だ。
風が吹き、草を揺らす。
その音の中、ルリがぽつりと呟いた。
「ねぇサティ。あたしたち、いつまでこの旅を続けるんだろうね」
「……まだ、わからない。でも───」
サティは足を止め、振り返る。
「少なくとも私は、罪を持ったままじゃ終われない。
それを許すためにも、美徳が必要なの」
「罪を、許す?」
ルリの声には驚きが混じる。
サティは頷いた。
「うん。これは、罰じゃなくて、“自分との和解”なの。
暴食も、怠惰も、私の中にある。消えない。
でも、美徳を得れば――“罪を抱えたままでも、生きていける”って証明できる」
ルリは目を伏せ、何かを考えるように歩き出した。
「そっか……そうだよね。……あたしも、ちゃんと傍で見てる」
ふたりは、夕焼けに染まる道を進んでいく。
その背中を、風がそっと押していた。
遠くの空には、ヴァローナ渓谷の山並みが、うっすらと影のように浮かんでいる。




