暴食の記憶
草をかき分け、朽ちた石畳の先へと降りていく。
そこには、地面の裂け目に沿って続く地下通路があった。
石は古く、苔と乾いた砂に覆われ、踏みしめるたびに小さな音が響いた。
ルリはランタンを掲げ、サティの背に続く。
「こんな場所……誰にも気づかれないわけね」
「そうね。でも、私にはわかる。……この下に、あの記憶が残ってる」
サティは胸に手を当てた。
《暴食》のスキルは、いまも確かに自分の中にある。
それは他の罪よりも“感情”に近く、心の奥に根を張っていた。
静かに、空間が変わる。
通路の先に広がったのは、巨大な円形の広間だった。
天井は崩れ、中央には空っぽの祭壇。
それを囲むように、壁一面に古代文字が刻まれている。
そして───
広間に足を踏み入れた瞬間。
空気が“熱”を孕んだ。
「……!」
何かが、サティの内に“繋がる”。
視界がぐらりと歪み、気づけば彼女は、かつて《暴食》を会得した“あの場所”の記憶に立っていた。
───これは幻覚でも、夢でもない。
《暴食》の力が引き起こす、内面との対話。
目の前に現れたのは、“もう一人のサティ”。
けれどその瞳は暗く、どこまでも貪るような黒。
「あなた、また“思い出しに来た”の?」
黒いサティは笑う。
「どうしてそんなに律儀なの? 力を得たなら、それで終わりじゃない。
美徳なんて後付け。どうせまた、罪に頼るくせに」
「……違う。私は、使うために得たんじゃない。
責任を持つために、手にしたの」
「嘘。最初に暴食を使った時、嬉しかったくせに。
すべてを吸収して、敵を喰らって、強くなった自分が――誇らしかった」
黒いサティの声が、心に食い込んでくる。
(たしかに……私は、喜んでた)
(敵を喰らい、力にして、生き延びる自分を)
けれど――
「……私は、後悔してる」
サティは、はっきりと答えた。
「暴食の力に頼りすぎた過去も、誇ったことも、全部。
でも、後悔は“忘れるため”じゃない。“選び直すため”にある」
その言葉に、黒いサティの表情が、ゆっくりと揺らいだ。
「……ふふ。そうやって、また“理屈”で飲み込もうとするのね。
でも、それでいい。──あんたがそれを貫くなら、私もついていってやる」
次の瞬間、黒いサティは煙のように消えた。
広間の現実に戻る。
ルリが、少し心配そうに見ていた。
「……戻ってきた?」
「うん。大丈夫。ちょっとだけ、自分と話してたの」
サティはふっと息を吐き、祭壇に近づく。
その足元に、小さな石板が落ちていた。
拾い上げると、そこにはかすれた文字で、こう記されていた。
> “飢えは、力ではなく、問いだ。
> 何を欲し、何を手にし、何を満たすのか”
サティは目を閉じる。
力を持つということは、自分に問い続けること。
だからこそ───彼女は歩みを止めない。




