全ての罪と、目覚めた二つの光
封書庫の深奥。
かつては思考すら届かなかったその場所に、静かな光が灯っていた。
アムネリアの導きで、サティとルリは“記録室”と呼ばれる空間へと足を踏み入れる。
そこには――膨大な数の巻物と書簡。
すべてが、消えかけたこの都市“レクヴァリア”の過去を語っていた。
「……あなたが全て、写し直したの?」
サティの問いに、アムネリアは微笑む。
「ええ。記録者として……いや、“勤勉なる者”としての、ささやかな務めです」
彼女の言葉に、サティはふと胸をおさえた。
そこには確かに、《勤勉》の光が宿っていた。
(私の中には、九つの《大罪》がある───)
傲慢・嫉妬・憤怒・怠惰・強欲・暴食・色欲───
そして、《虚飾》《憂鬱》。
どれも、強大で、危険で、扱えば扱うほど自分を蝕む。
だが───
(今は違う。美徳がある。制御のための“光”が)
サティの内で、大罪と美徳が拮抗している。
それはまるで、相反する力が、彼女の中で静かに均衡を取ろうとしているかのようだった。
アムネリアが机の上に、一枚の古地図を広げる。
「あなたがこれから向かうべき場所は、“アークゲイル高原”」
「……高原?」
ルリが聞き返すと、アムネリアはうなずいた。
「そこには、かつて《暴食》の力を持つ“喰らう神殿”が存在していたとされます。
いまも、その地下に“核の残響”が眠っているかもしれません」
サティの目が鋭くなる。
「影の核が……まだそこに」
「ええ。そして、あなたの“美徳”が目覚めた今なら、核に近づいても飲み込まれないでしょう」
ルリが息を呑んだ。
「でもそれって、まさか……次の戦いが、また来るってこと?」
「……うん。今度は、“暴食”が暴れるかもしれない。けど───」
サティは笑った。
「私には《勤勉》がある。怠惰に沈まず、前へ進む意思がある。
だから、負けないわ」
アムネリアは深くうなずく。
「忘れないでください。罪に抗うのではなく、罪と向き合い、光で包み込むのです。
あなたはそれができる、“均衡を持つ者”ですから」
サティは目を閉じ、全ての力を感じた。
《九つの大罪》と、目覚めた《純潔》と《勤勉》。
均衡はまだ脆く、不安定だ。
けれど───
(私は歩ける。どんなに罪に染まっても、美徳を灯して)
そして彼女は、再び歩き出す。
次なる地───“アークゲイル高原”へ。
旅路は終わらない。
それは、罪と美徳の全てを内に抱いた少女が歩む、終わりなき均衡の物語。




