覚醒 ― 勤勉は思考に光を灯す
影は音もなく迫ってきた。
黒く、粘つくような気配。
それは怠惰の残滓──サティの内にある“力”が外部に漏れ出し、形を持ったものだった。
「ルリ、下がってて!」
「っ、でも──!」
「これは私の内側の問題。……乗り越えなきゃ、私じゃなくなる」
ルリが戸惑いながらも、数歩後退する。
影が放つ瘴気は、精神を麻痺させる。
考えることを止めさせ、ただ、そこに“在る”だけの存在へと変える力──まさしく怠惰の権化。
サティは、心の中で自身に問う。
(私は……怠惰に呑まれてまで、生きたいの?)
(答えは──違う)
考える。
感じる。
進み続ける。
それが、サティ・フライデーであることの証明だった。
「──私は、止まらない!」
サティが手をかざす。
掌から放たれるのは、白金の輝き。
《純潔》の光が影を払い、《大罪》の暴走を束ねる。
だが、それだけでは足りない。
《怠惰》は、今まさに彼女自身の思考を“静寂”へと閉じ込めようとしていた。
そのとき。
心の深奥に、ひとつの“光”が灯った。
《思考は、ただ燃え続ける火である》
《怠惰がその火を覆うなら─勤勉は、薪となる》
光が拡がる。
サティの脳裏に、本のページが次々と開かれていく感覚があった。
かつて封書庫で読んだ記録。記憶の断片。問い続けた日々。
それらすべてが、彼女の“意志”の火に変わっていく。
そして───
「来なさい、《勤勉》……!」
叫んだ瞬間、彼女の身体が光に包まれる。
まばゆい輝きが爆ぜた。
封書庫の空間が震え、怠惰の影がその場で焼き尽くされていく。
サティの瞳が、冴えた光を宿した。
沈黙は消えた。
思考は目覚めた。
──《七つの美徳:勤勉》獲得・未覚醒。
「私は、自分の思考を手放さない。
たとえどんな代償を払っても――“考える”ことをやめないわ」
静かな言葉は、封書庫の奥まで響いた。
そして、全てが静まり返った空間の中──
アムネリアが、どこか誇らしげに微笑んだ。
「……その覚悟こそが、勤勉。
思考の火を絶やさぬ者に、美徳は微笑むのです」
ルリが、安堵の息を吐く。
「サティ……! 戻ってきたんだね」
サティは微笑んだ。
「うん。ちょっとだけ、眠くなりかけたけどね」
二人は、光の残滓が漂う封書庫の中心に立ち、
新たな《美徳》とともに、再び歩き出す。




