封書庫の試み ― 思考の迷宮
アムネリアに案内され、サティとルリは書庫の奥へと進んだ。
そこは、ひとつの“回廊”だった。
無数の書物が壁のように積み上がり、空間そのものが巨大な迷宮のような形をしていた。
「ここは……?」
サティが問いかけると、アムネリアは静かに答えた。
「《思考の迷宮》。ここにあるのは、記録ではなく“思考の流れ”そのもの。
読もうとしなければ、何も現れない。進もうとしなければ、扉は開かない」
まさに“勤勉”を体現するかのような空間。
動かなければ何も得られず、
考えなければ何もわからず、
諦めれば、ただ“眠るだけ”になる。
サティは一歩、迷宮の中へと足を踏み入れた。
瞬間、景色が歪む。
まるで、思考の海に沈んでいくかのように。
──あなたは、なぜ知ろうとするの?
脳内に囁く声が響いた。
怠惰の囁き。サティが幾度も耳にしてきた、“内なる影”の声だ。
──答えは手に入らないかもしれない。
──調べても、届かないかもしれない。
──それでも、なお進むの?
「……ええ、進むわ」
サティは答える。迷いなく。
「答えが遠くても、私は“考え続ける”。
思考を止めたら、私は……私じゃなくなるから」
その瞬間、迷宮の壁にあった一冊の本が光を放ち、宙に浮かび上がった。
『第一の試問:意志をもって、問いを発せ』
サティは、その本に手を伸ばし、問いかけた。
「この都市は、なぜ記録を失ったの?」
ページが開き、光の文字が現れる。
《記録を奪うものは、記憶に潜む。記憶を奪うものは、怠惰に潜む。
だが、“書き記す者”がいる限り、都市は再び思考を紡ぐ。》
ルリが小さく息を飲む。
「……サティ、今のって――」
「ええ。勤勉は、問い続ける心。
それが、この試練の本質」
サティの足が、再び前へ進む。
光の本が一つ、また一つ、宙に浮かび始める。
彼女の問いが、知の迷宮に火を灯していく。
そしてその胸に、かすかに宿る光───
《七つの美徳:勤勉》の気配が、確かに芽吹きはじめていた。




