記されざる都市、レクヴァリア
記されざる都市、レクヴァリア
その都市には、不思議な“重さ”があった。
風は吹いている。人も歩いている。
けれど、空気のすべてが鈍く、世界そのものが“立ち止まっている”ようだった。
「……妙ね。誰も、目を合わせてこない」
ルリがつぶやいた。
二人は、都市レクヴァリアの外縁から中央へと向かって歩いていた。
街は静かだった。いや──沈んでいる、という方が正確だった。
「まるで、考えることすらやめたような……そんな空気」
サティもまた、じわじわと体の内側に広がる違和感を感じていた。
思考が鈍る。
視界が曇る。
言葉を探すのに、時間がかかる──。
「……これ、間違いないわ。《怠惰》の痕跡」
「えっ、あなたの中にある“大罪”が?」
サティはうなずいた。
「私の《怠惰》が、この街に共鳴してる。……まるで、何かを思い出しているみたいに」
思い出す───それは“眠り”の記憶。
怠惰の力を使うたび、彼女の内側に訪れるあの心地よい沈黙。
思考も、意志も、責任も、全てが溶けていくような、あの危うい快楽。
「……私自身の怠惰が、この都市の空気に染まり始めてる。
このままじゃ……力を使えば使うほど、私は“止まって”しまう」
ルリの顔が強ばる。
「そんな……じゃあ、どうすれば?」
サティはそっと手を上げた。
その掌に、ほのかな光が宿る──清らかな祈りのような光。
《純潔》──七つの美徳の一つ。
それは、怠惰に沈みかけた心をわずかに引き戻す光だった。
「でも、この美徳だけじゃ足りない。
《怠惰》に抗うには、それに正面から向き合う力が必要……そう、《勤勉》が」
その時、ルリが顔を上げる。
「サティ。……この都市に“記憶の番人”がいるらしいの。
中央の古書館、“知の封書庫”。そこなら何かわかるかもしれないよ」
「封書庫……なるほど。記されざる真実は、記されるべき場所に眠ってる」
彼女は小さく笑い、歩を進めた。
その足取りは重く、でも確かだった。
《怠惰》の影に踏み込む。
自らの内なる力と向き合うために──そして、《勤勉》を目覚めさせるために。




