欠けていくもの、支えてくれるもの
森の小道を進む二人の足音だけが、静かに響いていた。
昼だというのに、サティの表情は冴えなかった。
眉間には皺が寄り、指先は時折震えている。
ルリがちら、と横目で様子をうかがう。
「やっぱり……何か、変だよ。体調、よくない?」
サティは小さく首を振った。
「……そうじゃない。肉体的には何ともないの。でも……記憶が、ところどころ曖昧なの」
「記憶?」
「レーベンとの戦いで、最後に使った《大罪》……全部を“開放”したあの瞬間。力は制御できたはずなのに、それ以降……何かが、少しずつ抜け落ちていく感じがするの」
───会話の内容、人の名前、旅の中の小さな出来事。
ふとした瞬間に思い出せなくなっていることがある。それも、最近になって頻発していた。
ルリは表情を曇らせる。
「……もしかして、“代償”って、そういうこと?」
「たぶんね。力を使うたびに、何かを“喰われて”いるのかもしれない」
サティの声には苦笑が混じっていた。
「自分で“上書き”した代わりに、自分の一部を“削って”るって感じ」
沈黙が流れた。
ルリは俯きながら、それでも小さく呟いた。
「サティが……壊れていくなんて、イヤだよ」
その一言に、サティは驚いたように彼女を見る。
「……ごめん、ルリ。そんな顔、させたくないのに」
「だったら、せめて……私も、何か支えになりたい」
ルリの言葉に、サティは目を閉じ、息を整える。
「実はね、私の中には……もうひとつ、力があるの」
サティが左手を掲げると、その周囲に微かに淡い光が集まり出した。
それは、《大罪》のような禍々しさではなく、まるで清らかな祈りのような気配。
「これは、《七つの美徳》のひとつ。"純潔"」
「……それが、あなたを守ってくれるの?」
「ええ。まだ、ほんの小さな光だけど。
でも……きっと、これが私の“答え”になると思うの」
《大罪》が奪うなら、《美徳》が守る。
この世界の理が破壊に傾くのなら、自分だけは調和を選びたい。
そんなサティの静かな決意が、空気ににじむ。
ふと、ルリが微笑んだ。
「じゃあ、これからは《大罪》と《美徳》、両方で進んでいこう」
「ええ。どちらかじゃなくて、両方を――私自身として、受け止めていくわ」
そして、再び二人は歩き出す。
旅はまだ終わらない。
けれど、失うだけの力ではなく、守るための力を得た彼女たちの歩みは、確かに変わり始めていた。




