大罪は、光を纏う
それは、黒い“核”だった。
空間のひずみに浮かぶそれは、重力の概念すら歪めるような存在感を放っていた。
そして──中から響いてくるのは、無数の声。
「助けて」
「やめて」
「わたしを忘れないで」
「名前を、返して――」
レーベンの内部には、これまで喰われた者たちの“存在の残滓”が渦巻いている。
あれは単なる核ではない。
**「存在を喰らい、同化し、記録からも消す」**という力の集合体。
ルリが呟いた。
「……これは、異界の干渉だ。完全に世界法則の外。普通の攻撃は通らない」
「だからこそ──」
サティは歩み出る。静かに、確かな足取りで。
「《大罪》で“それごと”上書きする」
ルリは頷いた。
この世界で《大罪》に匹敵するスキルを持つ者はほとんどいない。
その力は、魔法でもスキルでもない。“内なる真実”を具現化する呪いに近い祝福だ。
サティの瞳が、深く染まる。
「──Manifest. Greed Grasp(強欲の手)」
彼女の手が掲げられた瞬間、空間が裂ける。
金と黒の輝きが、星なき夜に閃いた。
「レーベン、その“核”……引きずり出す!」
目には見えない“手”が、次元を超えて伸び、レーベンの内部に干渉する。
咆哮のような波動が周囲に炸裂するが、サティは構わず引っ張った。
──ズルッ!
その瞬間、核の表面が剥がれ、**中に隠されていた“第2核”**が露わになる。
「……これが、本体か」
だが、露わになったそれは“見ることができない”という逆説的な存在だった。
虚ろで、形を持たず、見る者の意識を崩していく。
「ッ……見てるだけで意識が引きずり込まれる……!」
ルリが警戒しながら距離を取る。
だが、サティは目を逸らさない。
「なら、上書きするしかない」
再び、囁く。
「──Manifest. Pride of Dominion(傲慢なる支配)」
彼女の周囲に、七枚の魔法陣が浮かぶ。
空間全体が反転し、レーベンの“支配域”が――サティの意志に塗り替えられていく。
「ここは、私の領域。あんたの支配なんて、通じない」
虚ろなる本体が震え、まるで否定されたように、空気が悲鳴を上げた。
「やる……サティ……!」
ルリが、息を呑みながら後方から補助結界を展開する。
しかし。
レーベンは、呻くように言葉を紡いだ。
「──サティ」
その瞬間、空間がねじれた。
名前を呼ばれるだけで、彼女の“存在”がレーベンへと引き寄せられる。
これは強制招喚でも魅了でもない──**“世界そのものの上書き”**だ。
サティの足元が崩れ、空間が黒く染まっていく。
だが――その瞬間。
「ふふっ、いいわ……」
サティが微笑んだ。
「じゃあ、こっちも呼んであげる」
彼女が選んだのは、封じられた“感情”。
「──Manifest. Melancholia(憂鬱)」
静かに、しかし確実に、空間が青黒く染まる。
音が消え、風が止まり、レーベンの内側から“哀しみ”があふれ出す。
「お前は……誰かになりたかったのね」
「喰らい、名を集め、心を埋めようとした……けど、虚しさは消えなかった」
その言葉に、レーベンの動きが止まる。
「なら、せめて――この手で終わらせてあげる」
サティは静かに手を伸ばす。
その掌に浮かぶは、九つの輪の印。
「──《大罪》、全開放」
そして彼女の掌が、核に触れた瞬間。
星の堕ちた街に、光が――差し込んだ。




