星なき夜の始まり
太陽が、沈む。
けれど、空は赤くも紫にも染まらず――ただ、鈍く、重たく沈黙していた。
「サティ……本当に夜まで残るつもりなの?」
ルリの問いに、サティは頷いた。
「ええ。影の核が関わっている可能性があるなら、なおさら見過ごせない。……ここで“何が起きているのか”を知る必要があるわ」
ふたりは街の中央にある宿屋に部屋を取りつつ、窓から外の様子を探っていた。
日が沈むにつれ、街の様子は明らかに変わり始めていた。
路地を歩いていた人々が、次々に家に引き返していく。
店も灯りをともさず、静かに扉を閉ざす。
「……まるで、戒厳令みたいね」
ルリが言う通りだった。まるで“何か”を避けるかのように、誰もが外を避け、光を隠している。
そして──
夜が、落ちた。
完全な、**“星のない夜”**が。
「……真っ暗」
サティが小さく呟いた。
まるで空そのものが塗りつぶされたような、光一つない夜。
しかし、それは一瞬だけだった。
──カツン。
石畳の路地に、何かが落ちる音が響く。
「……足音?」
ルリが窓を開けて身を乗り出そうとしたその瞬間、サティが彼女を引き戻した。
「待って」
視界の先に――いた。
白いマントのような布をかぶった“何か”が、ゆっくりと街を歩いている。
顔は見えない。
だが、それが“人”でないことは直感でわかる。
「ルリ、あれを見て」
サティが指差した方向には、さっきまで閉じていたはずの扉がひとつ――開いていた。
そして、中から出てきた少女が、まるで夢遊病者のように白い者に近づいていく。
「……危ない!!」
ルリが咄嗟に窓から飛び出し、地上へ降り立った。
サティもすぐに続く。
「離れて! そいつから!!」
叫ぶルリの声に、少女が一瞬だけ立ち止まる――だが。
白い者が手を伸ばすと、少女の身体は糸が切れた人形のように、すうっと吸い込まれるようにして“布”の中に消えていった。
「っ……!」
その瞬間、サティの目が閃く。
「捕らえるわよ。ルリ、援護して!」
「了解!」
サティの手から、魔力の鎖が迸る。白い者を包み込むように――だが。
その布は、何もない空間のように魔力をすり抜けた。
「……効かない?」
白い者はふたりに目もくれず、再び静かに歩き始めた。
まるで、定められた順路を辿るかのように。
「こいつ……何者なの?」「ルリ、あの子は……」
ルリは唇を噛みしめた。
「――いない。完全に、気配が消えてる。魔力の痕跡すら……」
“星の堕ちた街”。
この街では、夜になると“何か”が人を連れ去っている。
影の核とは違う。
だが、これもまた“記録されざる災厄”──。
「夜明けまでに、もう一度現れるわ。今度は、捕らえる」
サティの瞳には、強い光が宿っていた。




