霧の峰を越えて
ルメリアを出発して三日。
サティたちは東方へ進路を取り、未踏の地――白砂の谷を目指していた。
地図に記されていた“霧の峰”が、その行く手を阻む。
それはまるで、雲を抱いた壁のように大地を切り裂いてそびえ立っていた。
山肌には霧が立ちこめ、風が渦を巻いて吹き抜けている。
「ここが……霧の峰」
ルリが眉をひそめた。
「ここを越えないと、“ステラグラフ”には行けないのよね」
アゼルが淡々と告げる。
「かつて、魔法の嵐によって“方角”そのものが歪められた場所。普通の羅針盤は使えないわ」
レオが懐から地図を取り出す。
「でもこの写しは“魔導記録式”……光の印が進むべき道を示してる。間違いない」
サティは一つうなずくと、前を向いた。
「行きましょう。これは、“私たちの旅”なのだから」
***
霧の峰の登山道に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
風は常に横から吹き、霧は目の前すら霞ませる。
足元の石は苔で滑り、道の形さえ信用できない。
まるで、誰かに“入るな”と拒まれているようだった。
「まるで“意志”があるみたいだな」
レオが言ったその瞬間だった。
──ずるっ
「ミカ、足元!」
ルリの声が飛ぶ。
滑ったミカをサティがすぐに支える。
「っ、ありがと……なんか、空間が歪んでる気がする……」
「ここは“重ねられた魔法結界”の中よ」
アゼルが手を掲げると、指先に淡い光が宿る。
「“銀の鍵”が通るべき道を開く。……見てて」
すると、霧の中にわずかな光の道が現れた。
まるで誰かがそこだけ“記憶”していたように、確かな形を持って。
***
だが、油断はできなかった。
次の瞬間、霧の中から何かが“這い出た”。
「っ、これは……影!?」
サティが構えた。
霧の霊気をまとった“影の残滓”が、獣の形を取り襲いかかってくる。
「“影の核”は壊したのに……まだ、残ってるの!?」
「これは“影の揺り返し”よ。
核が壊れたことで封じられていた“残り香”が漏れ始めたの」
アゼルの顔に緊張が走る。
「ステラグラフには、もっと強い“封印された影”が眠っている。……この程度は前兆に過ぎない」
「来るわよ、みんな!」
サティが前に出た。
───銀の魔力が展開され、霧の獣とぶつかり合う。
レオが補助魔法で展開を支え、ミカとルリが横から攻撃を加えた。
「っ、耐久が高いわね!」
「影獣の核を壊して!」
「任せろ――《穿て、雷槍!》!」
レオの一撃が影の中心を貫く。
獣は断末魔のように鳴き、霧に溶けて消えていった。
***
しばらくして、ようやく霧の峰の頂が見えてきた。
そこからは、広大な“白砂の谷”が一望できた。
銀白の砂が風に舞い、地平線まで続いている。
だが、その最奥。
ぽっかりと“闇”が開いたように黒い穴が見えた。
「あそこが……“星の墜ちた街”。ステラグラフ」
サティが呟く。
「かつて、空から“何か”が墜ちた。街ごと封じられ、忘れ去られた場所」
その先に、まだ誰も知らない真実がある。
サティは前を向いた。
「行きましょう。すべてを知るために――」




