核に囚われし声、そして選択
砕け散った“影の守護体”の残骸が、まるで灰のように崩れ落ちた。
中央の擬似核だけが、なおも静かに鼓動している。
トクン……トクン……。
まるで、生きているかのように。
「終わってない……まだ、核は完全に生きてる」
サティは杖を握りしめたまま、核に向かって静かに歩みを進める。
ルリが問う。
「壊せるの? これを」
「できるわ。私たちの魔力を集中させれば、擬似核は崩壊する」
だがサティの声には、どこか躊躇いがあった。
「けど……問題は、そう簡単じゃないの」
そのときだった。
――“声”が、響いた。
《……やめて……》
女の声。
柔らかく、儚げで、どこか懐かしい響き。
「……誰?」
ミカが警戒して短剣を構えるが、影は動かない。
代わりに、核の中から“幻影”が浮かび上がった。
一人の女性。
透明な魔力の像。白い服、優しげな目元。そして───
レオが息を呑んだ。
「兄さんの……婚約者だった人だ」
「え?」
「“ミリエル”……兄が研究に関わる前に、共に理想を語ってた女性。
“影”を兵器ではなく、災厄への盾に変えると……」
彼女は微笑んだまま、サティに視線を向ける。
《この核には……私の“魂の残滓”が宿っているの。
研究が暴走したとき、私の体は……核の礎にされた。》
「……っ」
《だけど、私にはまだ意志がある。この核が生きている限り……私は“ここ”にいる。
これを壊せば、私の存在も……完全に消える》
ルリが言葉を詰まらせた。
「そんな……じゃあ、壊せないってこと?」
《いいえ。壊して》
サティが目を見開く。
《お願い。もう誰も、これに囚われてはいけない。
この核が存在する限り、また誰かが“影”を欲しがる。
だから……終わらせて。あなたたちの手で》
しばらく、誰も言葉を発せなかった。
ミカが、震える声で呟く。
「“影”に奪われた者が……その“影”を止めてほしいと願うなんて……」
レオは、目を伏せたまま言った。
「兄さんが消えたのは、彼女を救おうとしたせいだったのかもな……」
静かに、サティが杖を掲げた。
「わかったわ、ミリエルさん。……あなたの願い、私たちで終わらせる」
レオも構える。
「この愚かな実験も、失われた命も、意味のある“終わり”にしよう」
ルリとミカも、無言で頷いた。
───四人が、魔力を核に向けて集中させる。
空間が軋み、擬似核が抵抗するように脈動する。
だが、その全てを乗り越え、力が重なった瞬間───光が、核を包んだ。
そして、静かに――音もなく、砕け散った。
黒い霧が、完全に晴れる。
ミリエルの幻影も、微笑を残して静かに霧散した。
***
影の気配はもう、どこにもない。
神殿の天井から、崩れ落ちるように光が差し込んでいた。
「……これで、終わったのよね」
サティが囁くと、誰もが静かに頷いた。
「核も、影も……もう、戻ってこない」
ルリが深く息を吐き、ミカは静かに手を合わせた。
レオは、目を閉じたまま呟いた。
「ありがとう、兄さん。……そして、さようなら、ミリエルさん」
***
こうして――
“影の核”を巡る旅は、終わった。
けれど、旅そのものはまだ終わらない。




