禁じられた扉、目覚めの刻
霧の谷を越えたその先――切り立った断崖の中腹に、ぽっかりと口を開ける洞穴があった。
そこには、岩と一体化したような重厚な扉が埋まっていた。
サティはその扉の前に立ち、祠で手に入れた鍵を差し込む。
カチリ、と硬い音。
直後、扉全体が低く唸るように振動し、左右にゆっくりと開いていった。
中から吹き出したのは、空気ではなかった。
**影の匂いを含んだ、“魔力の気流”**だ。
「……ここが、影を創り出した場所」
ルリがごくりと喉を鳴らす。
「戻るなら今よ」
サティが静かに言うと、誰も返事をしなかった。
代わりに、三人とも無言で前を見据えている。
――誰も、引き返す気などなかった。
薄暗い通路を進むと、足音が反響する。
壁には古びた魔術式が浮かび、ところどころに“生体実験”を思わせる痕跡が残っていた。
「これは……人間の、魔力回路の断片?」
レオが立ち止まり、壁に刻まれた術式を見つめる。
「“影”を創るために、人体を核に使った……?」
「狂ってる……」
ミカが吐き捨てるように言った。
だが、もっと狂っていたのは――
その先に現れた、中央ホールの光景だった。
ドーム状の空間。その中心に、
巨大な水晶柱がそびえ立っている。
それは“核”と呼ぶには不完全だが、確かに鼓動していた。
「……擬似核」
サティが呟く。
「これが……“自分たちで創り出した影”の源?」
だが次の瞬間――水晶柱が脈動を強めた。
キィィィイイイィィィィィ……!
耳障りな音とともに、影の波がドーム内を満たしていく。
「……来るぞ!」
レオが叫ぶと同時に、影の形が姿を変える。
かつて人間だった名残をとどめながらも、全身を黒い霧と瘴気に包んだ異形が立ち上がった。
――“擬似核の守護体”。
影の実験体。それは言葉を持たず、ただ殺意と魔力の奔流だけで、彼らに向かってきた。
「全員、位置取って!」
サティが号令をかけ、四人が散開する。
ルリは地を滑るように接近し、剣を振るう。
だが刃は浅く、それだけでは通じない。
「硬いっ……!」
「魔力の防壁をまとってる。物理攻撃だけじゃ崩せない!」
レオが即座に判断し、詠唱を始める。
「――《雷槍・三連》!」
雷の槍が空間を貫き、ガーディアンの肩口を撃ち抜いた。
断末魔のような唸り声とともに、影の瘴気が渦巻く。
「この守護体、核の瘴気を吸収して再生してる……!?」
ミカの声に、サティは冷静に呼応した。
「なら、回復させないよう、攻撃の手を止めないで!」
風刃を纏ったサティが、正面から魔力ごと斬り込む。
影の身体が裂け、瘴気がぶわっと散る。
「今よ!」
ルリが続けざまに剣を深く突き刺し、ミカが影の裏手から短剣を振るう。
その瞬間、レオの魔術が完成した。
「――《重雷陣・崩》(じゅうらいじん・ほう)ッ!!」
空間に現れた魔法陣から放たれた雷が、影の擬似核本体に直撃する。
ガガガガガッ……!!
光と闇がぶつかり合い、影の咆哮が響き渡る。
そしてついに――
影の守護体は、断末魔のように叫びながら、砕けた。
黒い霧が残滓となって、ホールの床に崩れ落ちる。
静寂が戻った。
***
サティたちはしばらくその場から動けず、ただ核の柱を見つめていた。
「……まだ、これが終わりじゃない」
サティが言った。
「この核そのものを、消滅させないと。“影”はまた蘇るわ」
レオが頷く。
「なら、次が本当の決着だ」




