霧の奥、消えたもの
黒い槍が突き刺さったまま、地面にじわじわと魔力が広がっていた。
それは腐食するかのように草を枯らし、土の色を濁らせていく。
ルリは槍に近づこうとしたが、サティが静かに腕を伸ばして止めた。
「触れないで。……これは、“影の核”の残滓に似ている」
「前に戦ったやつ、の?」
「ええ。でも、あのときのものとは……何かが違う。もっと粗雑で、制御が利いていない」
それはまるで、“未完成な影”。
誰かが核の模造を試みて、失敗したかのような――そんな気配だった。
「レオ。……あなたは、これに心当たりが?」
サティが視線を向けると、レオはわずかに口を引き結び、言葉を選ぶようにして答えた。
「……ああ。似た気配を、以前にも感じたことがある。北の山岳地帯で、“影の霧”に村が呑まれたときだ」
「村が……?」
ルリが目を見開く。ミカは視線を落とし、手を強く握りしめた。
レオが続ける。
「あれは、もう一年以上前の話だ。俺たちは生き残ったが、あのとき……俺の友は、“影”に囚われた」
「囚われた?」
「ああ。……生きたまま、存在が呑まれる。肉体ごと“同化”されるようにね」
場に一瞬、重い沈黙が落ちた。
風が止まり、森の木々までもが話を聞いているかのようだった。
そして、サティはゆっくりと言葉を置いた。
「あなたたちも、“影”を追っているのね」
「……ああ。あの夜から、俺たちは“影の痕跡”を辿っている。そして今、またこうして巡り合った。……君たちと」
レオの目は、仄かに揺れていた。
その視線の奥には、執念にも似た感情が見え隠れしている。
「だったら、一緒に来る?」
不意にルリが言った。
サティがちらりと彼女を見ると、ルリは真っすぐな目をしていた。
「目的、同じでしょ。だったら、無理に別れるより……一緒にいた方がいい」
ミカが小さく目を開く。サティは少し考えて、静かに頷いた。
「……確かに。“影”を追うなら、情報も戦力も多い方がいいわ」
「決まり、か」
レオが安堵したように笑う。その隣で、ミカがぽつりと呟く。
「……この人たちとなら、きっと……また、誰も失わずにすむかもしれない」
サティはその言葉を聞き、何も言わず、ただ静かにうなずいた。
***
こうして、旅の仲間は四人となった。
目的地は変わらない。けれど、その道筋は少しずつ、別の何かへと繋がっていく。
“影”は今もどこかにいる。
その手が再び、誰かを奪う前に――。




