道の先にて、風は止まぬ
朝霧が宿の縁側にうっすらと流れ込んでいた。
ユグノの朝は静かで、どこか神聖な気配すら漂っている。
朝食を済ませたサティとルリは、荷を整えて宿を後にするところだった。
「……いい温泉だったね」
「ええ。肌の感触が違うわ。あなたも、髪がふわふわになってる」
「えっ……そう? へへへ……」
そんな軽口を交わす背後から、聞き慣れた声が届く。
「もう出発かい? どうやら、出発のタイミングが一緒になったようだね」
レオとミカだった。
二人もまた、昨日よりも少し落ち着いた雰囲気で荷物を背負っている。ミカの足の包帯も、新しいものに巻き替えられていた。
「ルメリア方面……という話だったわね。山を抜けて南下するなら、道はしばらく同じになるわ」
サティがそう言うと、レオが手を広げて応じた。
「それなら、しばらくご一緒しても? 安心感があるよ、君たちと一緒なら」
「……気を引き締めて」
ルリが小声でサティに囁いた。
「ええ。油断はしない」
サティは目だけで頷く。
こうして、二組の旅人たちは再び歩き始めた。
ユグノを後にして南下する山道は、やがて開けた丘へと繋がっていく。
昼を過ぎ、森の中を抜けようとしたそのときだった。
「……風が、止んだ?」
ルリが立ち止まり、辺りの空気を感じ取る。
風の匂いがない。草木のそよぎも、鳥の声もない。
不自然な沈黙。
サティもまた、空を見上げた。太陽は出ているのに、どこか“光が鈍い”。
「魔力が……乱れている?」
彼女がそう呟いた瞬間、道の先の森に、黒い影がゆっくりと立ち現れる。
それは、人の形をしていた。だが、輪郭は歪んでいて、顔は仮面のように白い。
「影……!」
サティは即座に前へ出る。
「ミカ、後ろに!」
レオが叫ぶ。ミカはすぐに後退しながら、短剣を抜く。
影は何も語らず、ただ静かに腕を上げ――黒い槍を具現化した。
「来るわ!」
サティは前方に展開して、風の魔力を一閃!
その瞬間、影の身体が霧のように霧散し、槍だけが地面に突き刺さった。
……だが、その“消え方”が、どこか異様だった。
「倒した、というより……“消された”?」
レオがぽつりと呟く。サティもまた、眉をひそめる。
「この“気配”、以前にも……。いや、それ以上に、何かがおかしい」
その場に残された黒い槍は、地面に突き立ったまま、不気味に震えていた。




