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ギルド嬢の大罪無双〜平凡な受付嬢は禁断の力で世界を駆ける〜  作者: 柴咲心桜
第18章 旅路編

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湯煙の向こう、出会いは静かに

 ルメリアを旅立ち、いくつかの村を抜けた先。

 

山間に佇む温泉郷、ユグノ。


 岩肌から湧き出す蒸気と、湯の香りが心地よく鼻をくすぐるこの地は、古くから療養地として知られていた。


 サティとルリの二人は、旅の疲れを癒すため、山の湯宿に一泊することにしていた。


「……はぁ。天国、かも」


 湯船に肩まで浸かりながら、ルリがふにゃりと脱力している。


 湯気の向こう、サティは湯縁に肘をつき、珍しく力を抜いていた。


「あなたが“天国”なんて言葉を使うとは思わなかったわ」


「えへへ……でもサティも、ちょっと気が緩んでる顔してるよ?」


「……少しくらい、ね。旅はまだ続くし、英気を養っておかないと」


 ふたりきりの女湯には、湯の音と、微かに揺れる木の葉の音しかない。


 ルリは目を細め、静かに言った。


「でも、こういう時間、いいなって思う。ギルドでずっと働いてた頃は、こんなの想像できなかったから」


 サティはその言葉に目を伏せ、小さく頷いた。


「私も同じ。……あの頃の私たちには、見えていなかった世界が、今はたくさんある」


 湯船から上がると、夜のユグノは涼しく、宿の縁側には風鈴の音が鳴っていた。


 そんな中――

 サティはふと、背後に視線を感じて振り返る。


 細身の青年が、山道の方から宿へと歩いてくるのが見えた。肩には古びた杖。顔の半分を覆うように、白布が巻かれている。


「……あれは?」


 ルリも気づいたのか、眉をひそめて警戒を見せた。


「旅人、かな? でも何か……ただの客には見えない」


 青年が近づくと、彼はサティたちに会釈した。


「突然、失礼。今夜だけ、この宿に泊めてもらえないかと思って」


 低く落ち着いた声。そして、そのすぐ後ろから――もうひとりの姿が現れる。


 赤毛の少女。足に包帯を巻き、こちらを無言で見つめていた。


「彼女も……?」


「同行者だ。名はミカ。少し怪我をしていてね。温泉に浸からせたくて来たんだ。僕はレオ・エステル。旅の魔術師だよ」


 サティはしばし沈黙したあと、頷いた。


「別に止める理由はないけど、用心だけはさせてもらうわ。今の世の中、旅人のふりをする魔物もいるから」


「ふふ……その警戒心、嫌いじゃない」


 レオはにこやかに笑った。ミカは何も言わず、どこかルリと似た気配を漂わせている。


 その夜、食事の席で四人は自然と顔を合わせた。


 宿の女将が差し出した温野菜の煮込みを囲みながら、わずかに会話が交わされる。


「あなたたちは、ルメリア方面に?」


 ルリが問いかけると、レオが頷く。


「そうだ。……ただ、俺たちは“ある場所”に寄り道してから向かうつもりだ。君たちは?」


「私たちも、ルメリアに戻る途中。いくつか回り道はするけれど」


「奇遇だね。どこかで、道が交差するかもしれないな」


 そう言ってレオが微笑む。ミカは湯呑みを両手で包みながら、ぼそりと呟いた。


「……ルメリアで、会えたらいいな」


 サティはその言葉に、どこか小さく笑った。


「そうね。会えたら、そのときは――互いに味方であることを願うわ」


 湯煙に包まれたユグノの夜。


 それは、ただの休息ではなく、やがて物語の鍵となる出会いの夜でもあった。

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