朝霧と湯けむりと、市場のにおい
朝のユグノは、霧がやさしく街を包んでいた。
石畳を伝う湯けむりが、路地の隙間からふわりと立ちのぼる。
まるで世界がまだ眠っているみたいだった。
けれど、そのなかに――人の声が混じっていた。
「新鮮な山菜、今朝採れたばっかりだよー!」
「湯まんじゅう、おひとついかがー!」
市場だった。
ユグノ名物、温泉朝市。
この街を訪れた旅人や商人、地元の人々が集まる、ささやかなにぎわいの場所。
サティとルリは、その空気の中を並んで歩いていた。
「……いい匂い」
湯けむりと、焼き立ての団子の匂いが混じりあい、どこか懐かしい気持ちになる。
「ねぇ、サティ。朝ごはん、ちょっとだけ摘まんでこう?」
「そうね。せっかくだから」
ふたりは湯まんじゅうの屋台で、ふかふかの一つを半分こした。
「ん、美味しい……!」
「ほんと。あんこがしっかりしてて、でも甘すぎない」
ゆるやかな時間が流れていく。
旅の途中だというのに、ここではそれを忘れてしまいそうだった。
少し歩いた先で、サティは足を止めた。
「……これ」
そこに並んでいたのは、小さな手編みの布製小物たち。
温泉郷らしく、湯桶やタオルをモチーフにしたストラップがいくつも吊るされている。
「可愛い……」
「ルリに似合いそう」
「え、わたし?」
サティが無言で一つ手に取り、店主に支払いを済ませる。
ルリはきょとんとしていたが、受け取った瞬間、顔がほんのり赤くなる。
「……ありがと。大事にする」
市を一通り歩き終えるころには、太陽が少し高くなっていた。
朝霧が晴れてきて、ユグノの街並みがやわらかく照らされる。
「ねえサティ」
「なに?」
「こういう時間が、もっとあったらいいのにね。
何にも追われないで、誰かを助けなきゃいけないとかもなくて……
ただ、目の前のことを楽しんで、笑って、一緒にいるだけの時間」
「……そうね。きっと、それがいちばん贅沢なのかも」
ふたりはそのまま並んで、石畳の道を歩く。
今日という日を、ただ“幸せ”だと思えるように。そして、明日を、また前を向いて迎えられるように。
旅の途中の、かけがえのない朝。
それは、湯けむりとともに、そっと胸に染み込んでいった。




