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ギルド嬢の大罪無双〜平凡な受付嬢は禁断の力で世界を駆ける〜  作者: 柴咲心桜
第18章 旅路編

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静かな湯の夜、灯るもの

 湯気に包まれた夜のユグノ温泉郷は、まるで別世界だった。


 石畳の小道には、ふんわりとした提灯の灯りが並び、遠くの川沿いでは湯の精霊に祈る歌声が細く流れている。旅館『白雲の宿』の中庭にある露天風呂は、静かで落ち着いた雰囲気だった。


「ふう……生き返る……」


 湯に浸かったサティ・フライデーは、心からそう漏らした。


 肩まで浸かる湯は少し熱め。旅の疲れがゆっくりと溶けていくようだった。


 横では、ルリ・クレインが湯面に手を浮かべて、小さく笑っていた。


「こんなにゆっくり湯に入るの、久しぶり……。サティ様、眠くなっちゃいません?」


「少しだけ。でも、まだ寝ない。……この空気、もったいないから」


 湯気の向こうに、灯りが揺れている。どこか幻想的で――

 サティは、この旅に出てから初めて、「立ち止まること」を選んでいた。


 


 少しして、二人は湯から上がり、浴衣姿で縁側に並んで座った。


 目の前の中庭では、木々の間から月が覗き、風が草を揺らしていた。


「ねえ、ルリ」


「はい?」


「もし、全部が終わったら――また、こういう場所に来たいな」


「全部、とは……?」


 サティは目を伏せる。


「ルメリアも落ち着いて。魔国も、人間の国も、今よりほんの少しだけ分かり合えて。私たちも、自分の役目を果たして――そのあと」


「“ふたりで、温泉に”……だよね」


「……うん」


 ルリは、少し照れたように笑った。


「その時は、もう少し豪華な宿にしましょう。サティさんのために、いいお酒も用意します」


「私、強くないわよ? お酒」


「大丈夫です。隣に私がいますから」


 サティは笑って、肩をすくめた。


 そんな何気ない会話が、今の彼女にはなによりも心地よかった。


 


 その夜、部屋に戻っても、すぐには眠れなかった。


 窓の外ではまだ、湯の街の夜が静かに続いている。


 サティは窓を開け放ち、月を見上げた。

 風が頬をなでていく。


「……浮かぶ街、か」


 かつて、ほんの思いつきで描いた未来。

 空に浮かぶ都市ルメリア。

 すべてを見渡す場所に、人が集い、笑い、癒される場所。


 今はまだ遠い夢。


 けれど、いつか――。


 サティは、そっと胸に手を置いた。

 その鼓動が、確かに未来へ向かっているのを感じながら。


「ルリ。明日は、少し寄り道しようか。……この街の朝市、見てみたい」


「もちろん。時間は沢山ありますから」


 そう、今はただ。


 この旅路を、少しずつ、歩いていこう。

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