旅人の朝、湯煙の町で
森を出てから2日が経ち、私たちはパステコ公国に向かう途中にあるロタヴェル王国の辺境にある『温泉郷ユグノ』に立ち寄っていた。
「森を出てしばらく経つけど、久しぶりにゆっくり寝れたわね」
サティが目を覚ますと、朝の光が、湯けむりに淡く反射していた。
「……いい天気ね」
サティは旅館の縁側に腰掛けて、湯町の景色をぼんやりと眺めていた。
朝風呂を終えたばかりのルリが、タオルを首にかけながら隣に腰を下ろす。
「旅に出てから、まだ数日しか経ってないのにさ。もう、何日も外にいる気分になるよね」
「そうね。ギルドで働いてた頃の時間の流れと、全然違う」
二人は温かい茶をすする。
流れる時間のなかで、街の子どもたちが温泉に浸かる猿を見てはしゃいでいた。
ルリが少し笑う。
「サティ、見て。あれ、凄く気持ちよさそう」
「ふふっ……負けてられないわね、私たちも」
***
その日、二人は町の市を歩いた。
素朴な陶器や、薬草の加工品、地元の野菜――どれも都市では見られない品々ばかり。
「これ、回復薬の元になる“癒し根”ですね。すごく丁寧に干してある……」
「さすが受付嬢。旅に出ても知識オタク」
「ふふ。情報は、旅でも役に立つものよ」
そのとき、露店の老婦人がサティに声をかけてきた。
「お嬢さんたち、旅人かい? だったら、町の外れに“風詠の坂道”って場所があるよ。願いごとを唱えながら登ると、不思議と心が晴れるって、昔から言われてるのさ」
サティとルリは顔を見合わせた。
「行ってみましょうか」
「うん。願いごと……あるかな、私」
***
夕暮れ前。
町の外れにあるその坂道は、静かに風が吹いていた。まるで、旅人の背をそっと押すように。
頂上に立ったサティは、胸に手を当て、ぽつりとつぶやく。
「……この旅で、ちゃんと見つけたい。私が、本当に進むべき道を」
それを隣で聞いたルリが、少し照れくさそうに笑って応じた。
「……じゃあ私は、その隣に、ちゃんと立っていられるように、がんばろうかな」
ふたりの影が、やわらかく寄り添っていた。
まだ長い旅路の、ほんの始まり。




