影が落ちた村にて
朝の光が差し込む村に、まだ“影”の気配が微かに残っているように思えた。
「気をつけて。影の核を倒したとはいえ、まだ完全に終わったわけじゃない」
サティ・フライデーはそう言って、村の中央にある朽ちた祠の前に立つ。昨夜、そこから“影”の本体が現れたのだ。
ルリ・クレインも隣に並び、警戒を緩めない。
「それにしても……“影の核”って、まるで人工的に作られたようだったね。普通の魔物とは全然違う感じがした」
「ええ。まるで“何か”の命令で動いていたかのように」
サティは祠の奥、焦げた土と割れた石を見下ろしながら、何かを思案している。
やがて、村の外れから一人の男が走ってきた。村の代表を務めていた老人――ラザルだ。
「お、お嬢さん方……本当に助かったよ。村人たちも、少しずつ目を覚まし始めてる。まるで呪縛が解けたみたいに……!」
「それはよかったです。あの“影”の存在が、意識や記憶を奪っていたのでしょう」
そう言いつつ、サティは短く頷いた。
だが、彼女の瞳にはまだ警戒の光が宿っていた。
「ラザルさん。ひとつ、教えてください。この村で最近――“黒い石”や“得体の知れない物”を見た記憶はありませんか?」
ラザルは首をかしげながらも、ぽつりとつぶやいた。
「黒い石……そういえば、数日前、祠の裏に妙な光を放つ石が落ちていてな。誰かが供物と間違えて置いたのかと思って、中に……」
「それです。おそらく“影の核”は、その石が媒介になった」
ルリが言うと、サティはすぐに決断した。
「この事件、単なる偶発的な魔物の発生ではないわ。誰かが“核”を意図的に各地にばら撒いている」
「じゃあ……まるで、戦争の種を蒔いているようなものだね」
ルリが険しい表情になる。
「一つ、確かなことがあるわ。これ以上の被害を出させるわけにはいかない」
サティは、背負っていた杖を握り直す。
「次の“核”の痕跡を追いましょう。この村に眠る闇は払ったけれど……これは始まりに過ぎない」
ルリも、静かに頷く。
「影の正体を突き止めて、元から絶たないとね。行こう、サティ」
二人は村を後にした。
空は澄みわたり、風が西から吹いている。
それは、次の目的地――パステコ公国への旅路のはじまりを告げる風でもあった。




