15万文字記念SS「その一杯に、想いを込めて」
ルメリアのギルド本部。夕暮れの喧騒が少し落ち着いたそのとき、一杯の紅茶が湯気を立てていた。
「……おかえり、サティ」
誰もいないカウンター席に向かって、セレナはそっと呟いた。
彼女の目の前には、サティがいつも使っていたマグカップ。もう彼女はいないというのに、つい用意してしまう。
「まったく、あの子……あれだけ無茶しておいて、今度は旅だなんて」
声には呆れが混じっていたが、その頬はどこか緩んでいる。
ふと、カップの傍に置かれた一通の手紙に目をやる。
そこには、達筆とは言い難いが、しっかりとした文字でこう書かれていた。
> 「ルリと、少し遠くまで行ってきます。
たぶん私は、誰かの隣にいるほうが強くなれるみたい。
……でも戻ってきたら、紅茶の味、覚えてるかな?」
セレナはくすっと笑った。
「……覚えてなくても、また教えてやるわよ」
カウンターの隅、スタッフ専用掲示板には、小さな手描きのカードが貼ってある。
【サティさん、ルリさん、いってらっしゃい! また会える日まで】
ギルドの仲間たちが寄せ書きしたその紙には、皆の温かい言葉があふれていた。
窓の外、茜色の空を見上げながら、セレナはもう一口、紅茶を啜る。
その味は、少しだけ優しかった。
***
「……さあ、仕事に戻ろうか。旅立った子に、恥ずかしくないようにね」
そう言ってセレナが席を立つと、風が一枚の紙をさらっていった。
それは、サティが旅立ちの前にそっと残した、ギルドへの“報告書”。
【件名:新たなる任務開始】
【目的地:パステコ公国】
【同行者:ルリ・クレイン】
最後にこう記されていた。
> ──愛すべき日常に、必ず戻ることを誓います。




