暗躍
「ここのご飯、美味しいですね!」
そう言って、ルリは目を輝かせながら肉を口に運んだ。
「でしょ?この店、前から気になってたの」
サティ・フライデーは微笑んで、彼女の反応を嬉しそうに眺めた。ギルドの受付業務で忙しい日々のなか、こうして後輩と食事を楽しめる時間は貴重だ。
「ホントに……!先輩、また一緒に来たいです」
「もちろん。誘ったのは私だし、気にしないで」
やがて食事を終え、サティは伝票を手に立ち上がる。
「お会計、私が払うから。ルリは先に外で待ってて」
「え、いいんですか?……ありがとうございます!先に出てますね!」
ルリが元気よく頭を下げて店を出る。サティは彼女の背を見送りながら、ふっと優しい笑みを浮かべた。
会計を済ませたサティが外に出ると、ルリが街灯の下で待っていた。
「ご馳走様でした、先輩!」
「ふふ、どういたしまして。今日は楽しかったわ」
別れ際に一人で帰れるかを確認すると、ルリの家はすぐ近くだという。気をつけて帰るように声をかけて、サティは一人、夜の通りを歩き出した。
繁華街の喧騒が遠ざかり、静かな小道に入った頃だった。
「サティ・フライデーか?」
背後から低く、冷たい声が響いた。
「そうだけど……あなたは誰?」
振り返ると、そこには仮面をつけた人物が立っていた。黒いローブに身を包み、その姿はまるで芝居じみていたが、空気は真剣だった。
「私は、あるお方の使者だ」
「使者……?」
「お前に書状を届けに来た」
男は封をされた古びた紙を差し出した。サティがそれを受け取ると、彼は一歩、闇へと下がりながら告げる。
「明日の昼、その手紙に記された場所へ一人で来い」
「わかりました……けど、誰の使者なの?」
だが、返答はなかった。男はそのまま、闇のなかに消えた。
サティは手紙を見つめながら、胸の奥に小さな不安と興味を抱いた。
* * *
その頃、別の場所——
「サティ・フライデーに、書状を届けてまいりました」
仮面の男がひざまずき、報告する。
「ご苦労だった」
部屋の奥で、椅子に腰掛ける老人がゆったりとした声で答えた。重厚なマントを羽織り、皺だらけの手には一本の銀の杖が握られている。
「なぜ、あのような娘に?」
「……サティ・フライデー。あの女には価値がある。だからこそ、私自らが選んだのだ」
「明日、私も同行いたしましょうか?」
「もちろんだ。お前にも見届けてもらう」
そして、老人は書状の写しを手に取り、うっすらと笑みを浮かべる。
「サティ・フライデー……あなたのことは、骨の髄まで調べさせていただきますよ。私の“目的”のためにね」
まるでこの出会いが、すべて計画されていたかのように。
老人の目には、薄暗い野望の光が宿っていた。




