表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギルド嬢の大罪無双〜平凡な受付嬢は禁断の力で世界を駆ける〜  作者: 柴咲心桜
第18章 旅路編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

137/264

影のささやきと結界の夜

夜が、村を包みこんでいた。


サティは老女の家を拠点に、魔術陣を刻んだ。風と光の結界を二重に張り巡らせ、特定の方向に注意を集中させる――言うなれば、罠のようなものだ。影を“誘い”、その正体を暴く。


「ルリ、準備できた?」


「いつでもいけるよ。……来るの、わかる気がする。空気が変わってる」


ルリは窓の外を見ながら、腰の短剣に手を添えた。黒曜石のような刃は、魔力を伝導しやすくする加工が施されている。


サティは結界の中心に立ち、静かに呼吸を整える。


深い闇。重たい沈黙。


その中に――かすかに、靴音のような“タッ、タッ”という音が混じった。


誰もいないはずの夜道に、人の歩く音。


ルリが息を呑んだ。


「来た」


窓の外、空気が揺れる。濃い夜闇の中から、黒い“何か”が、じわじわと滲み出すように現れた。布のように風にたなびき、形を定めず、音もなく滑るそれは、まさに“影”。


サティは魔術陣の縁に片手を当て、魔力を集中させる。


「識別展開――霊視クラリサイト


目に見えないものを視認する魔術。霧のようだった影が、緑がかった輪郭を帯びて浮かび上がった。


そこにあったのは、人の顔だった。


否、顔だった“もの”だ。


まるで人の皮膚だけを引き伸ばしたかのような歪な形状。目も鼻も、笑っているような口元もあるのに、そこには感情というものが一切なかった。


「……こいつ、喋ってる……?」


ルリがつぶやく。


よく耳を澄ませば、どこからともなく声が聞こえていた。


――おいで。

――ここじゃない。

――向こう側に、安らぎがある。

――ひとりじゃない。ずっと、待ってた。


「これ、精神干渉型……っ!」


サティの額に汗がにじんだ。


この影は、人の意識に直接語りかけるタイプの魔性――意思を持つ“何か”だった。見た目以上に、危険だ。


「結界、維持できる?」


「大丈夫。でも時間の問題。強引に侵入してくるつもりみたい」


そのとき、影が動いた。結界の外周に沿って滑るように移動しながら、じりじりと圧を強めてくる。


それに呼応するように、外の闇が濃くなる。


村全体を覆うように、暗さが深まり、風の音が止んだ。


「……ルリ、見える?」


「ええ。こっちも、やるよ!」


ルリが短剣を抜き、魔力を込める。薄く光が宿り、影に向かって――投げつけた!


刺さると同時に、影の一部が裂ける。裂けた部分から、黒煙のような何かが噴き出して、虚空に消えた。


「効いてる!」


「でも、まだ来る!」


影は裂けたはずの部分をすぐに再生し、逆にサティたちの結界を圧迫し始める。老女の家の外壁が軋み、結界がぎしぎしと軋む音を立てる。


「第七術式、空間固定――くさび!」


サティが詠唱を完了させると、地面から光の杭が数本、影の周囲に打ち込まれるように出現。影の動きを封じる。


しかし、次の瞬間。


――パキンッ!


何かが砕ける音。サティの結界が一部、破られた。


「……まずい」


家の中に、風とともに冷気が流れ込んでくる。


その風の中に、“笑い声”が混じった。


「ふふ、ふふふふふ……」


まるで、女の声のような、老人のような――性別すら曖昧な、不気味な笑い。


その声が、サティの背筋をひやりとさせた。


(この影……普通の魔物じゃない。これは、何かの“使い”だ)


彼女の脳裏に浮かぶのは、古い伝承。パステコ公国の南部で、百年前に滅びた村があったという話。その村を滅ぼしたのは、“影に憑かれた領主”だった。


(まさか……この影、“あの時”の……?)


影が、再び蠢く。


サティは結界の再展開を準備しつつ、ルリに告げる。


「この村、放っておけない。原因を突き止めて、封じなきゃ……パステコに行く前に」


「上等だよ。あたしは、あんたの剣なんだから」


影が、扉を叩く音が響いた。


サティの目に、揺るがぬ光が宿る。


「……なら、斬るわよ。“この世にあってはならない”ものを」


夜は、まだ長い。


けれど、それでも彼女たちは、歩みを止めはしない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ