旅人たちは、小さな歪みに出会う
「……あれが、マルナの村かな」
日が西に傾きかけたころ、ふたりの前に小さな集落が見えてきた。
サティは地図を確認し、うなずいた。
「このあたりでは一番大きな村みたい。宿もあるし、明日の準備もしやすいはず」
「でも……なんか、静かじゃない?」
ルリがぽつりとつぶやく。確かに、近くまで来ても人の声が聞こえない。畑は手入れされている様子なのに、誰の姿も見えないのだ。
「警戒しておいた方がいいかもね」
そう言って、サティはゆっくりと村の中へと歩みを進める。ルリも背後を警戒しながらついていく。
──それは、まるで無人の村だった。
軒先には洗濯物が干され、井戸には桶が置かれていた。生活の気配はあるのに、人の気配がない。まるで一瞬で誰かが“消えた”かのような、異様な空気。
「……ここ、おかしい」
ルリが低く言ったそのとき。
「……た、助けて……」
かすれた声が、どこかの家の扉の向こうから漏れた。
サティとルリは目を見合わせると、無言で頷き、すぐに扉の前に立つ。
「開けますよ」
そう声をかけ、サティが静かに扉を押すと――中には、震える老女と、倒れた若い男がいた。
「この村に……“影”が出るんです……」
老女の声は、恐怖と後悔にまみれていた。
「影……?」
サティが繰り返したその言葉は、やがてふたりの旅路に大きな意味を持つことになる。
だが、そのときのサティたちは、まだ知らなかった。
それが、旅のはじまりであり、新たな戦いの“兆し”であることを。




