風の向くまま、歩いていこう
風が、やわらかく頬を撫でた。
ルメリアの城門はすでに遥か遠く、見上げれば草原と青空だけが広がっている。
雲ひとつない空に、白い鳥がゆっくりと弧を描く。
「……ほんとに、旅に出たんだね、私たち」
ルリがぽつりと呟いた。歩みを止め、風の吹く方へ顔を向ける。
「ええ。ここから先は、誰にも予定を決められない日々よ」
隣で歩いていたサティも足を止め、同じように風の匂いを確かめた。
ルメリアでの日々、ギルドの受付嬢としての顔。
それらは今、すべて背中の向こうに置いてきた。
サティはゆっくりと目を閉じた。
風の音、草の匂い、木々のざわめき、鳥のさえずり。
ギルドの喧騒とはまるで違う、静かな世界の鼓動が、胸の奥まで染み込んでくる。
「……なんだか、へんな感じ。時間がゆっくりになったみたい」
「たぶん、それが本来の速度なのよ。私たちが速すぎただけ」
くす、とルリが笑う。
その笑みがあまりに自然で、サティは少し目を細めた。
「じゃあ、これからはこの“ゆっくり”に慣れなきゃね」
「その必要もないわ。風のままに進めばいい。速くても、遅くても、きっとそれが今の私たちの旅のかたち」
サティは歩き出す。ルリもその背を追うように続いた。
靴が草を踏みしめる音が、心地よいリズムを刻んでいく。
旅の初日は、ひたすらに歩く。
どこへ向かうかも、何を目指すかも定まっていない。
けれど、それが何より心地よかった。
「ねぇ、サティ」
「何?」
「……私、こうして並んで歩けてるだけで、嬉しい」
サティはふと足を止めた。振り返ると、ルリは照れくさそうに俯いていた。
「ふふ。……そう。なら、この旅は悪くないわね」
そう言って、再び歩き出す。
寄り添うように、二つの影が草原を越えて進んでいく。
太陽は高く、風は優しい。
旅は、まだ始まったばかりだ。




