旅立ちの鐘は静かに鳴る
ギルドの大扉をくぐり抜けた瞬間、サティは小さく息を吸い込んだ。
街の空気は清々しく、これまでと同じはずなのに、今日だけは何かが違って感じられた。
石畳の道を、二人は並んで歩く。
サティは振り返る。広場の遠く、ギルドの扉がまだ開いていて、仲間たちの姿が小さく手を振っていた。
「……あの景色、きっと忘れないわ」
「ふふっ、先輩らしいですね。振り返るの、早いですよ」ルリがくすりと笑った。
「だって……実感が、まだ湧かなくて。私、本当に旅立ったんだって思うと……」
サティは一歩一歩踏みしめるように歩きながら、少しだけ口元を引き結ぶ。
ルリはそんなサティに寄り添いながら、柔らかな声で言った。
「私たち、ただ旅に出るだけじゃない。見たことのない世界を歩いて、新しい人と出会って、自分の知らない自分に出会って――
きっと、帰ってくる頃には、今の私たちよりもっと強くなってるよ」
サティはふと、ルリの横顔を見る。
風に揺れる淡い髪。穏やかな微笑み。その姿が、不思議なほどに心強かった。
「……そうだね。私、変わりたいって思ってた。受付の仕事も、街の暮らしも、大好きだけど……。
それでも、もっと広い世界をこの目で見てみたかった」
「なら、きっとこの旅はそのための第一歩だよ」
小高い丘を越えると、ルメリアの街全体が見渡せた。
白壁の家々、城壁、そして中央にそびえるギルドの塔――そこが二人の帰る場所だった。
「……ルリ、ありがとう。一緒に来てくれて」
ルリはサティの手をそっと握り返す。
「一人で行くなんて、許しません。私も、サティ先輩と同じ気持ちだったんですよ」
二人は黙って空を仰いだ。夏の空は高く、遠く、果てしない。
その先に、どんな冒険が待っているのかはまだわからない。だけど――
「さあ、行きましょう。第一の目的地は――パステコ公国、でしたよね?」
「うん。ギルドに届いてた情報だと、今は祭りの準備で賑わってるみたい」
「祭り?それってつまり、美味しいものがたくさんってことですか?」
「ええ、もう……ルリったら。真面目に情報集めしてたの、私よ?」
二人は笑い合いながら、街道をまっすぐに進んでいった。
それは、冒険の始まり――
受付嬢サティが“外の世界”を知り、“自分”と向き合う、本当の旅の幕開けだった。
***
> 陽が傾き始めた草原を、二人は並んで歩いていた。
何気ない沈黙。けれど、それが心地よかった。
「……なんか、不思議ね」
「何がですか?」
「こうやって、あなたと“並んで歩いてる”こと。ギルドじゃ、私が先に立って、あなたが後ろにいたでしょ?」
ルリは少し驚いた顔をしたあと、ゆっくりと笑った。
「そうですね。でも今は……旅の相棒ですから」
サティはその言葉に、小さく胸を突かれた。
相棒。――いい言葉だった。
「じゃあ、これからも支えてもらおうかしら。相棒さん?」
「……もちろんです、サティ先輩。あなたが前を見てくれるなら、私はその隣を歩き続けます」
風が、草原を揺らす。
それは、二人の関係が“新しいかたち”へと変わっていく、静かな予感の風だった。




