旅立ち準備日和②
「こっちこっち! 絶対こっちの方が似合うってば!」
ルリに腕を引かれ、サティは街角の仕立て屋へと連れていかれた。
“旅人向け”と謳ってはいるものの、店内には可愛らしい布地のワンピースや、実用性とは無縁のようなレース装飾の服が並んでいる。
「……本当にここ、旅人用?」
「旅人だっておしゃれしたいの! 戦うだけが旅じゃないんだから!」
ルリは棚からすっと服を取り出し、サティの前に押し付けた。
「はいっ、これ着てみて! 今のサティにぴったりな“風色ワンピース”!」
差し出されたのは、淡いスモーキーブルーのワンピース。
風にそよぐような軽い布地で、肩の部分が少し透けている。首元には小さな銀の刺繍が揺れていた。
「……かわいすぎない?」
「今のあんたにちょうどいいって意味だよ。ほら、ほら、さっさと試着~!」
仕方なく試着室へ押し込まれ、数分後──
「……どう?」
サティがカーテンを開けて出てきた瞬間、ルリの口元が綻んだ。
「……わ。すご。……めっちゃ綺麗」
「……うそ。似合ってる?」
「似合ってる。いつもの制服姿もいいけど、こういうのもすっごくいい」
サティは少し戸惑いながらも、自分の姿を鏡で確認した。
(……確かに、旅人らしいかも)
どこか硬かった自分が、ほんの少しほぐれていくような気がした。
「じゃあこれにする。ルリのセンス、意外と信用してもいいかも」
「でしょー! あっ、じゃあ私もなんか選ぼっと!」
ルリが「派手すぎる」「露出高すぎ」「え、逆に防御力ゼロでは?」とひとりツッコミをしながら服を選んでいるのを横目に、サティは静かに息を吐いた。
(こんなふうに笑える時間……ずっと欲しかったのかもしれない)
***
買い物を終えたあと、二人はルメリアの郊外にある“風見の丘”へと足を運んだ。
街を一望できるその高台には、小さな風車がいくつも立ち並び、夕暮れの風をカラカラと受けて回っている。
「ここ、サティのお気に入りって言ってたっけ?」
「ええ。ギルドで働いてた頃、疲れたときによく来てたの。ここに座って、ただ風を感じてるだけで、少しだけ楽になったから」
サティは草の上に腰を下ろし、膝を抱える。
ルリも隣に座り、肩を並べた。
夕陽が街を赤く染め、遠くの塔が影絵のように浮かび上がっている。
「……旅に出るって、実感ある?」
「まだ、半分くらい。荷物は詰めたのに、心の整理は、まだ追いついてないかも」
「ふふ、そういうもんだよ。私も初めて冒険に出たとき、荷物にぬいぐるみ入れてたもん」
「……えっ、ほんと?」
「マジ。旅先で泣くときの用。今でも鞄にちっちゃいの入ってるよ?」
「……ふふっ、可愛い」
風が吹く。ふたりの髪が、静かに揺れた。
「ラーナが残したもの、全部は受け取れなかったけど……私は、私の風を信じてみたい」
「うん。サティの風は、すごく……優しいよ」
そう言ったルリの声は、ほんの少しだけ震えていた。
「……ありがとう。ルリがいてくれて、ほんとうによかった」
「……ったく、泣かせにくるんじゃないよー」
「ふふ、泣いてないくせに」
「泣いてないしっ!」
ふたりの笑い声が、夕暮れの丘にふわりと溶けていった。
やがて空は群青色へと染まり、夜の帳が静かに降りてくる。
こうして、“旅の準備”はひとつずつ整っていく。心も、風も、少しずつ“旅人”へと変わっていくのだった。




