旅立ち準備日和
ルメリアの朝は、静かだった。
昨日までの騒がしさが嘘のように、空は澄みわたり、風は穏やかに街の屋根を撫でていく。
ギルドの一角、宿舎の一室。
荷物を広げたサティは、ひとつずつ旅の持ち物を確認していた。
「ポーション三種、保存食、魔導地図、それから……うん、最低限にはなったかな」
小さなトランクの中には、必要最小限の装備といくつかの思い出が詰まっている。
その上に、そっと“風除けのスカーフ”を畳んで置いた。かつての同僚たちが贈ってくれたものだ。
「……忘れ物、ないよね?」
その問いかけに返事をしたのは、隣の部屋から顔を出したルリだった。
「ううん、あるよ。重大なのが」
「えっ、なにか足りなかった?」
「おやつだよおやつ! 旅に出るのにスイーツ忘れるなんてありえないでしょーが!」
「……あ、そっち?」
呆れたように笑いながら、サティは手にしていたトランクの蓋を閉めた。
***
ルメリアの市場は、昼になると活気を取り戻す。旅人、冒険者、地元の人々が行き交い、雑多な品と香辛料の香りが立ちこめる。
サティとルリは、そんな雑踏の中を並んで歩いていた。
サティは地図と装備品を、ルリは食べ歩きと買い物メモを片手に。
「これ見てサティ! “風の恵みパン”って名前だけで買いたくなるセンスじゃない?!」
「名前はすごいけど……それ、賞味期限大丈夫?」
「大丈夫! たぶん!」
「“たぶん”の時点でちょっと怖いんだけど……」
軽口を叩き合いながらも、歩くペースは自然と揃っていた。
サティはふと、並ぶ露店を眺めながら思った。
(こうして歩くの、なんだか久しぶりな気がする)
ギルドでの仕事、神殿での戦い、そして風巫女の記憶。
気づけば“誰かのため”に動き続けていた。
でも今は──
「サティ」
「ん?」
「……ちょっとだけ、顔が柔らかくなった」
「え?」
「神殿に行く前は、肩にすっごい力入ってたけど、今は“旅人”って顔してる」
言われて、サティは小さく笑った。
「……そうかもね。あの神殿で、少しだけ“自分”を取り戻せたのかも」
「ならよかった!」
ルリは満足げにパンを頬張った。
「それじゃ、旅の始まりにふさわしい服でも探しに行こう! サティの私服、ちょっとレアだし!」
「……私、そういうの疎いんだけど」
「だから私が選ぶ!」
そう宣言するルリに引っ張られるように、サティは次の店へと歩き出した。
気づけば、風がまた、彼女たちの背を押していた。




