風の神殿を越えて ― 帰還
──風の神殿・外縁の森。
早朝の光が森を照らし、露を含んだ木々がきらきらと輝いていた。
神殿から歩き出したサティとルリは、風の匂いが変わったことを肌で感じていた。
「……空気、軽くなったね」
ルリが、荷物を担ぎ直しながらふと呟く。
「風が、優しくなった。ラーナが……最後まで見守ってくれてたのかもしれない」
サティもまた、胸元に宿った風霊の気配にそっと触れた。
***
──三日後、ルメリア・冒険者ギルド。
「……以上が、風の神殿での出来事です。風巫女ラーナの記憶、そして“風災”の封印も、完了しました」
サティは執務室で報告書を置くと、深く息を吐いた。
目の前にいるのは、ルメリアのギルドマスター・グレンと、元上司のリズ・ローレル。
「……また一歩、あんたが遠くへ行った気がするわね」
リズがそう呟いたとき、グレンは静かに目を細めた。
「サティ。貴方の力は、もう“ただの受付嬢”のものじゃない。……だが、だからこそ聞かせてほしい。これから、どうしたい?」
その問いに、サティはしばらく沈黙した。そして──
「旅に、出ようと思っています」
ルリが、はっと顔を上げた。
「……風巫女の力は、ラーナから“受け取った”だけでは不完全なんです。それを“自分のもの”にするには、もっと世界を知る必要がある。風と、人と、過去と、未来と──全部を自分の中で見つめ直したい」
「……ふぅん。言うようになったわね」
リズは少し寂しげに笑い、そして書類に印を押した。
「許可するわ。ちゃんと旅先から報告書、月に一回は送りなさいよ?」
「ありがとうございます」
「……それと」
グレンが、静かに付け加えた。
「“旅”というのは戦いに疲れた者がすることです。無理をしないように、サティ。風は、お前が立ち止まっても、ちゃんと吹いてくれる」
サティは少し驚いて、そして微笑んだ。
「……はい。ありがとうございます、ギルドマスター」
***
──その夜。
ルメリアの屋敷に戻ったサティとルリは、荷物を広げながらこれからの話をしていた。
「本当に……旅に出るんだね」
ルリはサティの隣に座り、窓の外に広がる夜空を見上げた。
「ルリ、来てくれる?」
「うん、行くよ。むしろ私、ひとりで置いてかれるかと思って焦った」
二人でくすくすと笑い合う。
「じゃあ、まずは……観光から始めよっか。ゆっくり、私たちの“風”を見つけに行く旅に」
ルリは大きく伸びをして、ふふんと胸を張った。
「よーし、温泉行こ。名物行こ。珍しい遺跡とかも全部回っちゃお!」
「はいはい、張り切りすぎて風邪ひかないでね」
──こうして、風を継いだ少女は、
“自分の風”を見つけるための小さな旅へと歩き出す。
それはきっと、誰かの記憶ではない、“自分の物語”の始まりだった。
(つづく)




