間章 ――風を継ぐ者の夢
──風の中で、彼女は立っていた。
まどろみの中、サティは夢を見ていた。
見覚えのある神殿の石畳。風が揺らす草の香り。そして、静かに立つひとりの少女。
銀の髪に風の紋を抱き、蒼き祈祷衣を身にまとう少女──風巫女、ラーナ。
「あなた……」
声をかけるよりも早く、ラーナが振り返った。微笑んで、そっと目を細める。
「……会えて、よかった。風が、あなたを連れてきてくれたのね」
「これは……夢?」
サティは問いながらも、それが単なる幻ではないと感じていた。
胸の奥に残るあの風の余韻。記憶の中に触れた“想い”が、今も確かに鼓動を持っている。
「これは記憶……だけど、それだけじゃない。風が紡いだ、私の最後の祈りのかたち」
ラーナは静かに歩み寄る。そしてサティの手を、そっと包んだ。
「あなたには、私が見えたのね。私の想いを、受け取ってくれた」
「……私は、ラーナの選択が正しかったと思う」
そう告げたサティの瞳に、迷いはなかった。
「命を捧げることだけが正義じゃない。生きるために抗うことも、誰かを守るために戦うことも──そのどれもが“意志”だと、私は信じてる」
ラーナの瞳が、ゆっくりと潤んだ。
「……ありがとう。ずっと、誰かにその言葉を……待ってたのかもしれない」
風が、そっと吹く。
まるで、ふたりを祝福するように、柔らかく、優しく。
「サティ。あなたは、私の風を継いでくれた。けれどそれは、私の代わりじゃない」
ラーナはそっとサティの胸に手を置いた。
「ここにある風は、あなた自身のもの。私の祈りは、あなたの風に宿り、あなただけの“意志”になる」
「私の風……」
「風は、常に変わる。でも、どれだけ姿を変えても、その根には“誰かの願い”があるの。あなたが信じた風を、どうか大切にして」
サティは深く頷いた。
「……うん。私は、私の風で……これからも進んでいく」
「……それでいい」
ラーナの姿が、少しずつ淡くなっていく。
「あなたに出会えてよかった。どうか、風が、あなたを守りますように──」
夢が、終わる。
* * *
「……ん」
サティは、目を開けた。
隣では、ルリが寝息を立てている。神殿を出たあと、野営地で少し仮眠を取っていたのだ。
──風が、頬を撫でた。
サティはそっと空を見上げる。
星ひとつない夜空に、流れる風だけが確かにそこにあった。
「ありがとう、ラーナ。私が背負うのは、もう“記憶”じゃない。あなたの、祈りそのもの──」
そして彼女は、小さく呟いた。
「……私の風で、守ってみせる。今度は私が、“選ぶ”番」
その声に応えるように、風が静かに、やさしく鳴いた。
(間章・了)




