間章 ――風巫女ラーナの祈り
風が、泣いていた。
それは私の頬を撫でる風であり、心を裂く声でもあった。
私は、風巫女ラーナ。
神に選ばれた巫女として生まれ、風の神託を受け、その言葉を伝えるためだけに生きてきた。
けれど、あの日。
私はその“声”に背いた。
『大いなる風災、迫る。汝、身を器とし、その災厄を封ぜよ』
それが、風の神の命だった。
命を賭して、災厄を封じよ。
私が消えれば、幾千の命が救われるという。
でも。
「私は、生きていたい……」
その言葉を口にしたとき、巫女としての私は、もう終わっていたのかもしれない。
私が拒んだことで、災厄は封印されず、風の力は暴れ、村はひとつ吹き飛んだ。
その罪を、私は今も背負っている。
いや──私だけが、それを“覚えている”のだ。
時代は流れ、私の名も消え、風巫女の系譜も失われた。
けれど私は、この神殿に残った。
罪の証人として。
誰かに託す、そのときを待つために。
私は後悔している。
でも、あの選択を“間違いだった”とは、言いたくない。
私の命を削ることでしか封じられない災厄なら、それはもう、“神”ではない。
私の中にある風は、今も問いかけてくる。
「おまえは、誰かのために死ねるか?」
いいえ。私は、誰かのために“生きたかった”。
もしも、私の想いを、理解してくれる人が現れるなら──
その人になら、全てを託したい。
風は人を殺すこともあれば、癒すこともできる。
誰かの涙を乾かし、背中を押すことだってできる。
私は、そんな風であってほしかった。
だから、ここで待っている。
何百年、何千年でも。
“風を力ではなく、意志として継ぐ者”を。
サティ。あなたの名はまだ知らないけれど……
あなたの風は、優しかった。あの時、私の記憶に触れたその瞬間、風が喜んだのがわかった。
私の選ばなかった未来を、
あなたが、歩んでくれたなら。
それだけで、私は──
風に祈る。
風に託す。
私の、すべてを。
***
風巫女ラーナの祈り・了




