風巫女の記憶④
──風巫女の記憶空間──
「風が、あなたを導きますように──」
風巫女・ラーナの声が消えた瞬間、光が爆ぜた。眩い光に包まれたサティとルリの足元が、一瞬にして地を失う。感覚が反転し、まるで風そのものに乗せられたように──二人の意識は、記憶の深層へと導かれていった。
「っ……ここは……?」
次にサティが目を開けた時、そこには古代の大地が広がっていた。
高く澄んだ空。揺れる草花。風が囁くように通り過ぎる。そして、目の前に立っていたのは──
「……風巫女・ラーナ……?」
サティが呟くと、銀髪の少女が振り返る。彼女の眼差しはどこか儚げで、けれど確かな意志を湛えていた。
「これは……記憶の断片。あなた方が見ているのは、私の最後の“選択”の時」
その声は穏やかで、どこか悲しげだった。
「私は、風の神託を拒んだ」
「え……?」
ルリが驚いたように隣で声を上げる。
「風の神は、言ったの。大いなる災厄が近づいている。私が風の巫女としてその力を開放すれば、人々は救われる、と……」
けれど、と彼女は続ける。
「その力は、私の命を代償にするものだった。私が“器”として消えることで、風の災厄を封じる。……でも私は、生きていたかった。ただ、それだけだったのに」
サティは静かに彼女を見つめていた。
この少女は、巫女である前に一人の“人間”だった。神の命令に従い、世界のために自らを犠牲にすることを拒んだ──それは決して罪ではない。
「……それで、あなたはここに残った?」
「ええ。私の選択は、正しくなかったかもしれない。だから……この神殿に残ることにしたの。次に“風”を受け入れようとする者のために、私の想いと記憶を託すために」
風が吹く。柔らかな春の風。
ラーナは微笑みながら、サティに手を差し出した。
「今度こそ、誰かが風とともに歩めるように……。あなたが、それを選べるように。私の記憶と想いを、あなたに託したい」
──そして。
サティの胸元に、優しい風が宿る。
体の奥から、何かが変わっていく感覚。魔力の流れ、五感、そして風への“共鳴”が強まっていく。
【ユニークスキル《風霊融合》を獲得しました】
【新たな系統魔法《風巫術》を習得しました】
ルリが驚き、サティの顔を覗き込む。
「サティ……今の、すごい力が……!」
「ええ……きっと、これが“風の巫女”の記憶が伝えたかったもの」
記憶の風景が薄れていく。ラーナの姿も、光とともに消えていく──だがその微笑みだけは、最後まで残っていた。
「ありがとう、ラーナ。あなたの想い、確かに受け取ったわ」
サティの瞳に、強い光が宿る。
神殿の試練を越え、彼女はまた一つ“真実”に近づいた。そしてこの先、風の力は彼女の導きとなるだろう。
──だが。
風がざわめいた。遠く、地の底から響くような不穏な気配が、わずかに空気を震わせる。
「……今の、何?」
「風が……警告してる?」
神殿の奥。かすかに開いた隠し扉の先には、まだ語られていない“過去”が眠っている。
風巫女の記憶は、まだ終わっていなかった。
(つづく)




