魔国再訪 ― 静かなる再会の予兆
空は鈍色。
砂の舞う風が、あの地の空気に変わったことを告げていた。
「まもなく、魔国国境です」
従者の声が馬車の外から届く。
私はうなずき、ブーツの甲に付いた砂を指で軽く払った。
ここは――魔国〈ヴァラメディア〉。
数ヶ月前、私たちが“封印の協定”を結んだ土地。その時、私は“彼女”と向き合った。
セレナ・アゼレイド。
魔王の側近にして、魔族の中でも最も理知的で冷酷と噂される一人。
だが私は知っている。彼女が何を背負い、何を守っていたのかを。
「通行証明、確認しました。どうぞお通りください」
魔国の門兵がぬかりなく目を通し、私の目を一瞬見て、少しだけ表情を緩めた。
かつて剣を交えた相手の“顔”は、覚えているということだろう。
私は軽く一礼し、門をくぐった。
魔都《メア=ザラル》。
闇の都と称されるその地は、以前訪れたときよりも、どこか落ち着いていた。
無秩序だった露店に規律が生まれ、通りには魔導結晶の街灯が立ち、子どもたちの笑い声さえ聞こえる。
「ずいぶんと変わったわね……」
魔族と人族――かつては相容れぬ存在だった。
けれど、互いに痛みと喪失を知ったからこそ、変化は生まれたのかもしれない。
私は、魔王城へと足を運んだ。
謁見の予定はあくまで「魔国との研究協力に関する再協定」について――
だが本当の目的は、もうひとつ。
“彼女”に、会いに来た。
「ご足労、感謝する。ルメリアの賢女よ」
玉座に座るのは、魔王リリアナ。
その鋭い眼差しは私を測るようでいて、どこか興味深そうでもあった。
「研究協定の更新は問題ない。だが……それだけが、来訪の理由ではあるまい?」
「……さすがね。実は、個人的に会いたい者がいるの。
セレナ=アゼレイド。今は、あなたの参謀だったかしら?」
「……ふむ」
魔王は小さく笑った。
その笑みに込められた意味は、私には読み取れない。
「セレナは、今は前線の南塔に詰めている。だが……伝えれば、すぐに帰還するだろう」
「いえ。知らせなくていいわ。
私が直接、会いに行くから。――できれば、“あの場所”で」
「“黒の水鏡”か。懐かしい名だな。……あの場所に向かうこと、彼女も察するだろう」
「ありがとう、魔王陛下」
私は静かに一礼し、玉座の間を後にした。
セレナがいるなら、もう一度話がしたい。
影との戦いを終えた今、心の中に残ったものを――彼女と確かめたかった。
そして私は、夕暮れの風の中、あの水辺へ向かう。
セレナと出会った、あの静かな湖へ。




