夢の巫女と、影なるもの
白い光がすべてを飲み込み、私は視界を失った。風も、匂いも、温度も――すべてが剥ぎ取られていくような感覚。
けれど、唯一残っていたのは、ルリの手の温もりだった。
「……サティさん……」
声が遠くなり、そして――
世界が、反転する。
***
気づけば、私は石畳の上に立っていた。
見上げれば、空は黒く、星は砕け、空気は焼けている。
大地は裂け、炎と影が入り混じり、世界そのものが壊れかけていた。
「ここは……?」
「――記憶の底。私の“過去”よ」
声がして、振り返ると、そこに立っていたのはルリ――
けれど、今の彼女とは違う。
長く伸びた髪。巫女装束。鋭い瞳。
背筋をまっすぐに伸ばしたその姿は、まるで女王のような気高さを帯びていた。
「あなたは……ルリ?」
「正確には、“ルリだった者”。私は“封印の巫女”――
太陽を喰らう存在、《影の王》を封じた存在」
彼女が指差した先、黒い大地の中央に、巨大な影が蠢いていた。
それは形を持たぬ混沌。
見る者の心に恐怖と絶望を流し込む、“声なきもの”。
「この存在は、かつて人々の心に巣食い、世界を食らおうとしたわ。
私は“器”となり、これを封じた――けれど、同時に自分の記憶ごと、ここに閉じ込めたの」
「記憶ごと……?」
「そう。私は、自分が“何者だったのか”すら捨てたの。
その代償として、世界は数百年の平穏を得た」
彼女――巫女のルリは、うっすらと笑った。けれど、その目には強い覚悟の光があった。
「けれどね、サティさん。
時間は、封印すらも風化させる。
そして私――今の“ルリ”は、“鍵”としてこの場所に引き寄せられた」
「それって……あなたの中に、あの存在の一部が?」
「そう。私は“器”でもあり、“鍵”でもあった。
……私の中には、まだ“影”が息づいている」
その言葉と同時に、視界がグラリと揺れる。
黒い影が唸り声を上げ、裂けた空を這い寄るように広がっていく。
「もう時間がない。
サティさん――“今の私”を救って。
過去ではなく、“今”を選んで。彼女が影に飲まれたら……再び世界が飲まれるわ」
「でも、どうやって――!」
その瞬間、巫女のルリは微笑み、私の手をそっと取った。
「……あなたなら、できる。
だって、あなたは、私が唯一――“信じた相手”だったから」
そして、世界が崩れる。
記憶の世界が砕け散り、光が差し込み、現実が戻ってくる――
***
「――ッ!」
私は目を開いた。
現実の遺跡の中。石棺の前。
そしてその中心に、光と闇をまとうルリが、宙に浮かんでいた。
彼女の中で、“過去”と“今”が融合しようとしている。
けれど――私は知っている。
彼女はまだ、帰ってこられる。
そのために、私はここにいる。
「……ルリ。あなたは、あなたよ」
私は歩き出す。
再び、彼女の手を取り戻すために。




