鍵と器と、目覚めの祭壇
魔物が消えた後の遺跡は、嘘のように静かだった。
けれどその静けさは、戦闘前のそれとはまるで違っていた。
「……ルリ、大丈夫?」
私は彼女の肩に手を置いた。
ルリは息を整えながら、うっすらと汗を浮かべ、眉をひそめていた。
「……ごめんなさい。体が勝手に……呪文も、口が勝手に動いてたの」
「それ、さっきの……封印呪文の一部かもしれない」
フィーネが壁に刻まれた文字を指差した。そこには、ルリの口にしたものと酷似した文言が、古代語で彫られていた。
「あなた……まさか、本当に“鍵”なの?」
私が問うと、ルリは目を伏せたまま、かすかに首を横に振った。
「わからない。でも……感じるの。この遺跡の奥に、私がずっと“閉じ込めていた何か”がいる。
それが、少しずつ……目を覚まそうとしてるの」
彼女の声は震えていた。
(もしかして……彼女の中には、“器”としての機能が――?)
私たちはさらに奥へ進んだ。
細い通路を抜けると、巨大な地下空間が広がっていた。
天井には星を模したような装飾が施され、中央には高さ二メートルほどの“石棺”が浮かんでいる。
「……これは……封印器?」
魔導士の一人が呟いた。
その石棺に刻まれていたのは、女王と巫女、そして“器”の記録。
その巫女の姿――それは、ルリによく似ていた。
「似てる……あれ、私……?」
ルリが一歩近づいた瞬間、石棺が共鳴し、淡い光を放った。
同時に、空間全体が震え、警告音のような響きが広がる。
「反応した……!」
「戻って! 今すぐ封印術式を――」
「だめっ!」
ルリが叫んだ。
その声とともに、彼女の体が再び淡い光を放ち始める。
髪がふわりと揺れ、瞳が完全に紫色に染まる。
「この中には、“私”の半分がいる……! 私が封じた、もう一人の私――!」
「もう一人の……?」
「私が、私であるために、閉じ込めた過去―!」
言葉にならない魔力が渦を巻き、空間が歪む。
その中心にいるのは、ルリ。
まるで石棺と一体化するかのように、彼女は光に包まれていく。
私は――すぐに決断した。
「ルリ! 手を伸ばして!」
私は駆け寄り、その手を掴んだ。
彼女の体は燃えるように熱く、魔力が直接肌に突き刺さるような感覚だった。
「置いていかないって言ったでしょ! だから……絶対に、戻ってきなさい!」
「サティさん……!」
次の瞬間、空間全体が白く染まり、私たちは――過去の記憶へと“落ちた”。




