沈黙の回廊、失われた壁画
石の階段をゆっくりと降りていくたびに、空気が少しずつ変わっていく。
肌に纏わりつくような冷気と、湿り気を帯びた魔素の匂い――これは、長い時間密閉されていた空間が持つ特有の“重さ”。
サティは先頭に立ち、足元の魔力探知石を照らしながら、慎重に進む。
後ろに続くルリ、ルア、そして数人の調査班。誰一人、無駄口を叩かない。それだけ、この場所に漂う“異様さ”が全員の肌に染み込んでいた。
「……この壁、一部だけ新しい?」
ルアの声に、サティは足を止めた。
懐中の魔法灯を掲げると、石壁には無数の文字と線刻が広がっていた。
それはまるで“絵巻”のように、右から左へ、物語を綴るように続いている。
「これは……戦争の記録?」
「違うわ」
サティがゆっくり首を振る。
「封印。……太陽を喰らった存在を、女王とその眷属が封じるための儀式。
この女王……中央に描かれている人物が、鍵」
描かれていたのは、王冠を戴いた女性。両手を広げ、何か黒い影を包み込むように抱いている。
その黒い影は、触手のようなものを伸ばし、空を食らい、星々を引き裂いていた。
「これ、どこかで見たような……」
ルリがぽつりと呟いた。
「……夢の中、かも」
サティが横目でルリを見ると、彼女は額を押さえていた。顔色がほんの少し悪い。
「平気?」
「……はい。ただ、ちょっと気分が……」
(やはり、何か共鳴してる?)
サティは言葉にはせず、ただ静かに頷いた。
さらに奥へと進むと、回廊は左右に枝分かれし始めた。
空気が異様に冷たくなり、吐く息が白く凍る。
「魔力の流れが……この先の“部屋”に集中してる」
フィーネが地図と魔力計を見比べて言った。
やがて辿り着いたのは、広大な円形の空間。
ドーム状の天井は高く、中央には奇妙な“祭壇”のような構造物があった。
「……これは?」
サティが近づこうとしたそのとき――
「……ふたり……また……会えるなんて」
――女の声が、頭の中に響いた。
サティが息を飲む。
ルリが、その場で崩れるように膝をついた。
「……だれ……いま……誰か……が……」
サティは咄嗟に彼女の肩を支えた。
ルリの瞳は、虚空の一点を見つめて揺れている。
「サティさん……ここ、私……知ってる。
この祭壇……私、“ここで誰かを閉じ込めた”……そんな気が、するの」
言葉の意味を理解するより先に、サティの背中に、冷たい汗が走る。
(……記憶の断片? いいえ、それだけじゃない)
どこかで“眠っていた何か”が、確かに今、目覚めかけている――。
そんな予感が、確信に変わりつつあった。




