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ギルド嬢の大罪無双〜平凡な受付嬢は禁断の力で世界を駆ける〜  作者: 柴咲心桜
第13章 ギルド動乱編

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再会と、新たなる風

ユーリシアと再会してから数日が過ぎた。


久しぶりに緊張感のない時間を過ごしているせいか、屋敷の空気はどこか穏やかで、時折風に揺れるカーテンの音さえ心地よく感じられる。


私は今、紅茶の香りを楽しみながら、読書をしていた。


一見、優雅な時間だが、心の奥にはひとつ、引っかかっていることがある。


「ハイド……連絡するって言ってたけど、まだなの?」


先週、王都で別れた時に彼はこう言っていた。

《近いうちに、話し合いの場を設ける》と。


あれから数日が経ったが、彼からの便りは一向にない。


……まあ、彼のことだから、何かと忙しいのだろう。


そう思いながら紅茶に口をつけたその時だった。


――ピコン。


膝の上に置いていた通信魔導具ミーティアが、軽く震えながら光を放つ。


差出人は、ルメリア冒険者ギルドのギルマスからだった。


『やあ、久しぶり。今、大丈夫かい?』


「もちろん。どうしました?」


『新人の受付嬢を雇うことにしたから、念のため君にも知らせておこうと思ってね』


「連絡、ありがとうございます。最近顔を出せていませんでしたから……」


『近いうちに挨拶に来てくれると嬉しいよ。新人も緊張してるみたいだからさ』


「分かりました。今日は予定もありませんし、顔を出しますね」


通信を切ると、私は立ち上がり、ゆったりとした外套を羽織った。


たまにはギルドの空気を吸うのも悪くない。


***


ルメリア冒険者ギルド。


街の中心部に位置するその建物は、今日も冒険者たちの活気で賑わっていた。


受付前まで来ると、ギルマスが笑顔で手を振ってくる。


「サティさん、お待ちしてました」


「お忙しいところすみません。ご連絡、ありがとうございました」


「さあ、こちらです。新人を紹介しますね」


彼に案内され、私は受付カウンターの前に立つ。


そこには、まだあどけなさの残る少女が緊張した面持ちで立っていた。


「サティさん。この子が新しく入った受付嬢です」


少女は一歩前に出て、ぺこりと頭を下げる。


「はじめまして。ミルス・ロイヤーといいます。よろしくお願いいたします!」


「領主のサティです。こちらこそ、よろしくね」


明るく素直な声。けれどその目にはしっかりとした意志が宿っている。


まだ頼りなさはあるが、これからの成長が楽しみな子だ。


「サティは時々、受付嬢としてギルドの手伝いに来てくれてるんだ。君の先輩だから、いろいろ教えてもらうといい」


「はい! よろしくお願いします、サティ先輩!」


呼び慣れない“先輩”という響きに、私は少しだけ肩をすくめて微笑んだ。


「私もあまり頻繁には来られないけど、分からないことがあったらいつでも聞いてね」


「はいっ!」


そんなやり取りを終えると、ギルマスがちらりと私を見て言う。


「今日はこのまま受付に立っていくのかと思ってたんですが……」


「ごめんなさい。最近ちょっと立て込んでいて」


「なら仕方ないですね。また都合がいい時にお願いしますよ」


軽く頭を下げ、私はギルドを後にした。


ルメリアの風が、少しだけ変わっていく――そんな予感を残して。



***


ギルドを出て歩く帰り道。


夕刻のルメリアはいつも賑やかで、商人の呼び声や子どもたちの笑い声が通りに響いていた。


私はそんな光景の中を、ひとり静かに歩いていた。


(新人の子……ミルスちゃん、か)


あの子のまっすぐな眼差しが頭から離れない。


自己紹介の時の礼儀正しさも、返事の声も、少し緊張しながらも精一杯頑張ろうとする姿勢が伝わってきた。


(少し、自分を見ているようだったな)


私も昔は、右も左も分からないまま受付に立ち、書類に追われ、対応に失敗して落ち込んで……

そんな日々の中で、少しずつ“ギルドの顔”としての自分を作っていった。


(あの子にも、きっとすぐ分かる時が来る)


そう思った瞬間だった。


背後から、小走りに近づいてくる気配に気づく。


「サティ様っ!」


振り向くと、ルアが息を切らして走ってきた。


「どうしたの? 何かあった?」


「すみません、お屋敷に戻っていたらミーティアに急報が入りました。『王都からの急使が到着』とのことです!」


「……!」


その言葉に、私は一瞬だけ立ち止まる。

王都からの急使――つまり、ハイドからの連絡という可能性が高い。


「分かった、すぐ戻るわ」


私はルアと共に足早に屋敷へと戻った。

帰路を急ぐ私の中で、さっきまでの穏やかな気持ちはすっかり霞んでいた。


***


屋敷の応接室には、すでにひとりの騎士が待機していた。


ハイド直属の使いとして知られる青年、ライネルだ。


「久しぶりね、ライネル」


「サティ様。ご健勝で何よりです」


彼は膝をつき、丁寧に一礼したあと、懐から封筒を取り出した。


蝋封には、王家の紋章。


「陛下と総督殿の連名です。内容は極秘にて」


私は頷き、その場で封を切る。

中には短い手紙がひとつと、一枚の地図が同封されていた。


(……これは、地下遺跡?)


文面を追うにつれ、眉が自然とひそまっていく。

――王都近郊の古代遺跡で異常反応が検知された。

――魔力の波動が拡大しており、異界干渉の可能性あり。

――サティに調査を依頼する。


(……やっぱり、平穏は長く続かないみたいね)


「伝えてくれてありがとう、ライネル。準備が整い次第、現地に向かうわ」


「承知いたしました。陛下には、そのようにお伝えしておきます」


彼は礼を述べ、静かに部屋を去っていった。


私は深く息を吐いた。


(古代遺跡か……また厄介なものが動き出したわね)


自室に戻る途中、ふと思い出したのは、あの新人・ミルスの姿だった。


(あの子は、まだ何も知らない。ただ“受付嬢になった”ばかりの少女)


だがこのギルド、この世界には、知らなければならないことが山ほどある。


そして、彼女もまた――いずれその扉の前に立つのだろう。


私は窓を開けて夜風を受けた。

静かなルメリアの街を見下ろしながら、再び心を切り替える。


「さて……次の戦いの準備を始めましょうか」


空の彼方。


そこには、すでに“気配”があった。


この世界のどこかで、また新たな“異変”が始まろうとしている。


――それは、世界が変わる前兆。


私の静かな日常が、またひとつ、幕を閉じようとしていた。






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