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ギルド嬢の大罪無双〜平凡な受付嬢は禁断の力で世界を駆ける〜  作者: 柴咲心桜
第13章 ギルド動乱編

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ユーリシアとの再会

 王都の午後は、夏の陽が優しく石畳に差し込んでいた。


 私は久しぶりに、あの屋敷を訪れる。


 白と銀を基調とした壮麗な貴族の館。その門前に立っただけで、思い出が胸に去来する。かつてギルドで受付嬢をしていた頃、たびたび顔を出してくれたあの人の面影が浮かぶ。


「ご用件をお伺いします」


 門番にそう問われ、私は一礼した。


「サティ・フライデーです。ユーリシア様にお会いしたくて来ました」


 名を告げると、すぐに門が開いた。


「お待ちしておりました。どうぞ、お通りください」


 通されたのは、かつてと変わらぬ応接間。柔らかな日差しとともに、白いレースのカーテンがふわりと揺れていた。


 しばらくして、部屋の奥から聞き慣れた声がする。


「サティ……やっぱり来てくれたのね」


「ユーリシア」


 立ち上がってこちらに歩み寄る姿は、以前と変わらず上品で凛とした美しさをまとっていた。けれどどこか、やわらかさが増しているようにも思えた。


「久しぶりです。お会いできて嬉しいです」


「ふふ、そんなに改まらないで。あなたとは、もう長い付き合いでしょう?」


 ユーリシアは微笑みながら、私の手を取ってソファに腰を下ろした。


「ルメリアの領主としても、ギルドの受付嬢としても、きっと忙しい日々でしょう。でも……無理はしていない?」


「無理はしてる。けど、それが私の日常だから」


「らしいわね、あなたらしい」


 彼女は微笑んだまま、どこか寂しげな目をした。


「あなたが遠くへ行ってしまったような気がして……心配だったの。でも、今こうして元気な顔を見られて、少し安心したわ」


「心配させてごめん。魔国から帰ってきて、ようやく落ち着いたところ」


「そう……魔王と会ったという話、本当なのね」


「ええ、本当よ。驚いた?」


「ええ、もちろん。でも……あなたなら、どこまで行っても不思議じゃないもの」


 窓の向こうで、庭のバラが風に揺れていた。


 私たちはしばし、昔話に花を咲かせた。ギルドでの些細な出来事、ユーリシアが冒険者として動いていた頃の話、そして、変わりゆく世界のこと。


「ねえ、サティ」


「なに?」


「もしこの先、また何かあったら……私も力にならせて。貴族としてではなく、あなたの“友人”として」


 その言葉に、胸が少しだけ熱くなった。


「……ありがとう、ユーリシア」


 この人は昔から変わらない。冷たく見える世界の中で、確かな温もりを持ち続けている。


 きっとまた、困難な未来が来る。それでも私は、こんな人たちと繋がっていられるのだ。


 それだけで、ほんの少しだけ、救われる気がした。



***


 ひとしきり談笑を終えたころ、執事が静かに部屋の扉をノックした。


「ユーリシア様、お食事のご準備が整っております」


「あら、もうそんな時間? サティ、よかったら一緒にどう?」


「……いいの?」


「もちろんよ。こんな機会、滅多にないもの」


 ユーリシアは柔らかく微笑み、私の手を取ると立ち上がった。


 案内されたのは、館の中でも格式高いとされるダイニングルーム。大理石の床にシャンデリアが優しく灯り、長いテーブルには銀の食器と香り高い料理が美しく並べられていた。


 前菜は彩り豊かな野菜のテリーヌに、香草の効いた白身魚のマリネ。


 メインはローストされた仔牛に、ルメリア地方特産の赤ワインソースがかけられている。


「これは……すごい」


「料理長が張り切ってくれてね。あなたが来ると分かったとき、厨房の空気が変わったわ」


「それは……ちょっとプレッシャーね」


 軽口を交わしながら、私はナイフを取る。見た目だけではない、素材も調理も一流だった。


 そして何より、穏やかな時間が心地よい。


 静かにグラスを重ね、私たちは昔話を続ける。


「魔国では……恐くなかった?」


「恐かったわよ。でも、それ以上に“知りたかった”の。魔族と人は本当に分かり合えないのかって」


「サティらしいわね……真っ直ぐで、怖いくらい」


「……怖い?」


「ええ。あなたが“まっすぐ突き進んでしまう”こと。それが、誰かを巻き込んでしまうかもしれないと考えると……怖くなるの。あなたを大切に思っている人は、きっと、皆そう思ってる」


 そう言って、ユーリシアは少しだけうつむいた。


「……ありがとう」


「え?」


「そう言ってくれる人がいるのは、すごく嬉しい。だからこそ、ちゃんと考える。私ひとりで突っ走るのはもう終わり。これからは、支えてくれる人たちと一緒に道を選びたい」


 グラスを掲げると、ユーリシアも静かに微笑んでそれに応じた。


「それなら、私もその一人になれるよう、がんばらないとね」


 カチンと澄んだ音が鳴る。


 この日の食事は、豪華な料理以上に、互いの心があたたまる晩餐だった。


 食後には甘い葡萄のタルトと紅茶が振る舞われ、長い夜はやがてゆっくりと更けていった。


***


 夕食を終え、甘いデザートとともに交わしたひとときも、そろそろお開きの時間となった。


 私は椅子を静かに引いて立ち上がる。屋敷の窓の外には、王都の夜がしんしんと降りていた。


「そろそろ、帰るね。遅くまでお邪魔してしまって――」


「ううん、今日は本当に嬉しかった。……あなたと、こんな風にまた話せる日が来るなんて思ってなかったもの」


 ユーリシアも立ち上がり、私の前に立つ。その手には、夕食の席では見せなかった、少しだけ揺れる感情があった。


「……ユーリシア?」


「サティ」


 彼女は、ためらうように言葉を探し、それでも決意したように視線を合わせてきた。


「もし……この先、あなたが“どちら側に立つか”迷った時は。どんなに正しいことを選んでも、世界の半分がそれを否定しても……私は、あなたの味方よ」


「……え?」


「ふふ、ごめんなさいね。変なこと、言ったかしら」


「……いいえ。でも、それは──」


「そういう未来が来るかもしれないってだけ。私には“少しだけ”そういう勘があるのよ。嫌な予感っていうのかしら」


 それは“貴族”の顔でも、“友人”の顔でもなく──


 まるで“何かを知っている者”のような、静かな眼差し。


「サティ。あなたは強い。でも、強さは時に孤独を連れてくる。だからこそ、覚えておいて。あなたが誰にも頼れなくなった時……私がここにいるってことを」


「……ありがとう。忘れないわ、絶対に」


 私は深く礼をし、最後にもう一度、ユーリシアの瞳を見つめた。


 彼女はやさしく微笑み、何かを飲み込むように言葉をしまい込んだ。


 扉が開かれ、夜の空気が頬を撫でる。


 私が馬車に乗り込むと、屋敷の灯が静かに遠ざかっていった。


 あの言葉の意味は、まだ分からない。


 けれどきっと、近いうちに答えと向き合う時が来るのだろう。


 私は空を仰ぎ、小さく息を吐いた。


(……さあ、戻らなくちゃ。私の日常へ)


 馬車が静かに走り出す。


 その夜、胸の奥に残ったのは――


 王都の灯でも、優雅な晩餐でもなく、


 たった一人の、友人の言葉だった。

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