王都からの手紙
魔国から帰還して、ちょうど一週間が経った。
激動の旅だった。けれど、今は穏やかな日常が戻りつつある。
私はルメリアの領主としての職務と、ギルド受付嬢としての業務をこなし、日々を過ごしている。フィーネとルアも学院で教鞭をとりながら、それぞれの役割を果たしてくれていた。
屋敷へ戻ると、いつものようにマインが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、ご主人様。今日もお疲れ様です」
「ありがとう。何か変わったことはなかった?」
「はい、特には。ただ――王都の冒険者ギルドから、お手紙が届いております」
そう言って差し出された一通の白い封筒。簡素なそれは、逆に不吉な予感を漂わせていた。
「……見てみるわね」
私は封筒を持って執務室へと向かい、静かに封を切る。
(嫌な予感しかしない……)
そう思いながら中の手紙を広げた。
***
《死神》サティ・フライデー殿
元気にしているか?
至急、話さなければならないことがある。
この手紙を読んだら、すぐに王都まで来てくれ。
王都冒険者ギルドにて待っている。
──総督 ハイド
***
「すぐに……行かないと、いけないわね」
けれど、窓の外を見ると日は既に落ちていた。
いくらハイドでも、夜中に駆けつけるような無茶は言わないだろう。
「明日の朝、出ることにしましょう。きっと一日くらい、待ってくれるはずよ」
***
翌朝、私はギルドの仕事を休み、王都の冒険者ギルドへと足を運んだ。
重厚な扉をくぐり、中に入ると受付嬢が目に入る。
「総督はいますか?」
「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「サティと申します」
一応、丁寧に名乗っておく。これからの付き合いを考えれば、挨拶は大事……まあ、たぶん長くはならないと思うけど。
すると、カウンターの奥からハイドが顔を出した。
「サティ! 来てたのか」
「ハイド、何の用? 手紙だけじゃ要点が分からなかったけど」
「いいから、こっちに来い」
案内されるままに彼の執務室に入り、椅子に腰かけた。
ハイドはすぐに切り出した。
「で、同盟の件だが……お前、正気か?」
「もちろん正気よ。報告書にも書いてあるでしょう?」
「ああ、読んだ。だが、魔王と手を組むってのは、どう考えても……」
「《勇者》レイナも賛同してくれてるわよ?」
「……レイナ、だと? あの《勇者》レイナか?」
「その通り。彼女自身、魔王と話して納得していたわ」
ハイドはしばらく無言になり、やがて静かに頷いた。
「なるほどな……なら、こちらも本格的に協議に入る必要があるな。すまんが、改めて正式な会議の場を設ける。日程が決まったら連絡する」
「ええ。こっちもスケジュールあるから、早めに教えてね。ギルドも、領主の仕事もあるんだし」
「お前……本当に忙しいやつだな。領主もしてて、受付嬢もしてるなんて」
「好きでやってるから」
ハイドは呆れたように笑い、ぽつりと呟いた。
「お前は凄いな」
その表情はどこか安心したようでもあった。
「そうだ。ユーリシア様が、お前に会いたいと言っていたぞ。せっかく王都に来たんだ、顔を見せてきたらどうだ?」
「ユーリシア様……そういえば最近会ってなかったわね」
あの優しく、けれど芯の通った貴族令嬢。彼女のことを思い出しながら、私は静かに立ち上がった。
「分かったわ。少し寄っていくことにする」
私はギルドをあとにし、懐かしい面影を訪ねるため、王都の街を歩き出した――。




