受付嬢、ダンジョンへ行く!
ここは冒険者ギルド。
無数のクエストが飛び交い、無数の命が試され、無数の物語が始まり、そして終わる——
その中心にある、喧騒と鉄と汗の交差点。
「ようこそ、イクールカウンターへ!」
張りのある声がホールに響いた。
カウンター越しに笑顔を浮かべるのは、ギルド受付嬢の一人、サティ・フライデー。
艶やかな栗色の髪を高めに束ね、ギルドの制服に身を包んだ彼女は、今日も変わらぬ日常に身を投じていた。
「このクエスト、受けます」
静かに差し出されたクエスト票を受け取り、事務処理をこなす。笑顔を絶やさず、丁寧な対応を心がける。
……それでも、内心は限界ギリギリだった。
「今日も残業かぁ……」
そう呟いたのも束の間。ギルド内にざわめきが広がる。
「おい、あれって……」
「ガウンズじゃないか!?」
「白金プラチナの盾の……あのガウンズ様?」
その名を耳にした瞬間、サティは反射的に背筋を伸ばした。
大柄な鎧の男がゆっくりとカウンターへ近づいてくる。
彼こそ、Aランクパーティ《白金の盾》のタンク、ガウンズ。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。登録証をお見せください」
業務的な口調で告げる。どれだけ有名な冒険者でも、ルールはルールだ。
「私は白金の盾のガウンズだぞ? わざわざカードを出させるのか?」
「ええ、申し訳ありません。登録証が無ければ受注はできませんので」
ようやく渋々カードを提示するガウンズに、内心でため息をつく。
(有名ならもっと早く出してよ……)
「アースドラゴンの討伐依頼ですね。……お引き受けします」
「フッ、誰も倒せなかっただろう? こういう時こそ我々の出番だ」
得意げに語るガウンズの背中を見送りつつ、サティは小さく口を開く。
「……なら、さっさと倒してくれればいいのに」
もちろん、彼には聞こえていない。
その時、隣のカウンターから顔を覗かせたのは、後輩受付嬢のルリだった。
肩までの銀髪に、少し気の弱そうな表情の少女。
「先輩……どうして私たちって、こんなに忙しいんでしょうか……」
「昼間は受注業務で手一杯だからね。雑務は後回し……誰か人員を増やしてくれればいいんだけど」
軽く肩を竦めて、少し笑って見せる。
「でも、頑張るわよ! ルリ!」
「はいっ……!」
──けれど、内心ではサティも限界だった。
時計の針が定時を超え、他の受付嬢が次々と帰宅していく中、サティは一人、事務所の机に向かっていた。
山積みの報告書、入力待ちの依頼票、未整理の物資申請書。
ふと、ペンを握ったままつぶやく。
「……ダンジョンが、今日中に攻略されれば……明日は少し早く帰れるかしら」
けれど、その言葉はただの愚痴ではなかった。
彼女の胸の奥に眠っていた、かつての“憧れ”に火をつけた。
(……もう、見ているだけは嫌だ。私にも……できることがあるはず)
受付嬢、サティ・フライデー。
彼女はその夜、ギルドの制服を脱ぎ、私物の装備に身を包む。
そして、誰にも告げずに、ひとり《未攻略ダンジョン》へと向かうのだった。
ただの受付嬢であるサティが──“最強”へと変わる。