06職権濫用ではない
カスクは、これらとはまた違った感情で、人付き合いを拒んでいるのだろうと当てはめる。
町は人々がぽつりと行き交っていて、誰もこちらを気にしない。
「お前は、そいつらにとって近くに居すぎるだけなんだ」
「足元に居る虫には関心を示さない癖に?」
「自分と同等かどうかで、判断してる」
「私を同じと思ってるだなんて、最悪」
「仕方ない。見た目は、人間なんからな」
カスクはハハ、と笑う。
見た目が自分達と同じなら、侮られるのは当然の流れなのかと知れたことに、首を斜めにする。
「人間は憐れね」
きっと、誇りをもって生きることなど出来ないのだろう。
「そうでもない。皆自分を甘やかしたくて……たまらねぇだけだ」
「なにそのアホの極み」
戦闘種族、とも縄張り種族とも言える悪魔からすれば信じられない話だ。
「お前も人間と暮らしていりゃぁ嫌でもこれから見ることになる」
その度にお前は激怒するんだろうな、と嬉しそうに呟く彼。
歩きながら話していると、泊まっているところへ着いた。
「私のもらえる慰謝料はいつになるの?」
「そういうのはずっと先になる」
「ほんと、人間ってトロい」
不機嫌になってきて、なにかしらを吐き出したくなる。
「変わりにおれが町の料理でも食わしてやる」
「職権濫用よ?」
「人間の法を良く知ってるな」
「長く生きてればそれくらい耳に入るの」
「別に構いやしねぇよ。それに職権濫用もなにも、おれは国に属してないから関係ない」
「確かにあんたは仕事してないわね。私の報復を邪魔したんだから」
リンテイにとって、カスク達は散々面倒を見てやったのに、やることを邪魔した奴という気分だった。
「それに関してはお前が誰か知らなかったんだぞ。誰にも言ってないしな」
「バカ言うんじゃないわよ。あんなの誰が私だと思うの?疑う奴はまず頭が可笑しいって言われて野垂れ死ぬだけ」
彼女はうっすら口元を緩めて宿へ入っていった。
「相変わらず逞しいな」
リンテイは休日を謳歌していた。
部屋でなにをしていもいい、と認識していたので村でやってなかった散髪をした。
髪の毛をある程度短くすると、鬱陶しくて仕方なった視界が広がる。
見事に性別は女だった。
「あのまま村に居たら、人間如きに踏みにじられていたのね」
つくづく、あの村はろくでもないなと改めて思った。
髪を整えていると、トントンと無機質な音がして、それがノックだと気付いて剣呑な声を出す。
「誰」
「おれだ。ジョイ。ラグナも居る」
「……誰」
「忘れんの早!?」
聞いても聞き覚えがなく、不届きものかと殺気を強める。
「お前にジュース奢っただろ!それがおれだ!」
「奢られたわね」
思い出した。
数日、会っていない男の名前をいつまでも覚えておく気力はない。
そちらに割く、記憶力は使っていないのだ。
「なにか用?」
「謝りにきた」
「なにを?」
「えっ、そっちも忘れてんのかよ!?ひでぇ。あんなにおれら悩んだのにっ」
「すまない。入りたいのだが」
「入りたいってどういう意味?別にそこで話せばいいでしょう」
ここは、リンテイの縄張りではない。
建てた家ではない。
誰かを招く、というものがなかった彼女は彼らのいう言葉が、そもそも分かっていなかった。
しかし、彼らは違う意味に捉えた。
「え……いや。寒いから入れて欲しい」
「勝手に入れば?」
「人間は勝手に部屋へ入っちゃいけないんだ」
ラグナはことの末を薄く察した。
彼女は人間の常識を知らないと。
勿論、村の生活ではリンテイの人権を無視していたので、ずかずと住んでいたところに入られるのが常だった。
「めんどくさいのね。早く入りなさいよ。ただでさえ時間が有限なのに、そんなやり取りに付き合うつもりはないわ」
休日を過ごしたい。
ぶす、となる彼女は扉を開けて睨み付ける仕草で男を見る。
「さっさと入って。私に手間を取らせるんじゃない」
「あー、すげぇ懐かしい」
「このガキ大将感も今や感心の領域だよな」
二人は、よく分からないことを言いながら部屋へ入ってきた。
しかし、散乱した髪の果てを見てギョッとする。
「え!なんだこれ。って髪切ってたのか」
「邪魔だったから」
「切ってもらえばいいのに」
「刃物を持った人間に無防備に頭を晒してあんた達死にたいの?」
「美容師はそんな物騒なことしないんだ」
ラグナは懇切丁寧に説明する。
だが、やはり一人で切った髪は不揃いで気になったので切ってみようかと申し出た。
「切りたいの?別にいいわよ」
許しが出た事に二人は驚いた。
「あんた達は、私のものだったんだから私に奉仕するのは当然だもの」
ナチュラルに、ジャアイアニズム精神なだけだった。
「これは信用……なのか?」
「どうだか」
ラグナ達はハサミで切る用意をする。
首の周りに布を撒いてハサミで少しずつ切る。
ジョイはラグナの斜め後ろでそれを見学。
──シャキ
「おー、ラグナなんで上手いんだ?」
「流石に前髪くらいは自分で切ってるしな」
「おれはめんどーだからやってもらってるなぁ」
二人が話に花を咲かせている間、リンテイは実験をしたいと常々思っていること、をまとめていた。
悪魔のときも、たまに実験をしては毒を育てたり混ぜたりして、新種を開発していた。
悪魔同士では、効果など精々少ししかなかったが、人間には効果が抜群なのだ。
それを、また違う実験でやるのも楽しそうだ。
学者や研究者肌と言われる部類の為にそういう欲求は出てくる。
「ねえ、あんた達毒対策はしてるの」
「毒?」
「そういえばお前はそういうのやってたな」
研究室もないので更地でやっていたから隠すことすらしていない。
「そろそろ毒の研究を開始しようと思ってるのよね」
「あー、やめといた方が」
「は?」
「人間には法があって、そういうことをすると最悪捕まってしまう」
「私を、人間が……捕まえる?」
リンテイは腹の底から笑いたくなった。
そんなことをしようものならくるものは尽く破壊される。
「無理ね」
「「え?」」
「人間には無理よ」
人間には悪魔ステータスに敵うものなんて居るように思えない。
全盛期と比べたら落ちるが、それでもこの怪力の前には全て塵となる。
「命の無駄ね」
「毒を作るということに拘るのなら他の方法がある」
ラグナが彼女の思考をしょっぱく察して慌てて妥協案を提出する。
人間に合わせさせるよりも遥かにいい。
「薬師になるんだ」
「薬師って?」
ラグナの説明によると人の病や症状を緩和させるものを作る職業。
ペッ、と吐き捨てる変わりに目が蔑みに変わる。
「なぜ私が助けることをしなきゃいけないの?」
「まあ、そうなるわな」
ジョイは彼女の反応が分かっていた。
「だが、薬師の資格を取ったら好きに薬を作れるぞ」
「検討しておくわ」
リンテイがそう言うとラグナから出来たぞと揃えられた髪を見せられた。