03賠償求む
加害者も被害者も、どちらも唖然とした顔をする。
突然なにを言うのだと少女を見つめる。
その空気に女のこめかみがぴくりとなった。
「金持ちみたいに訴えて勝つまでお金が手に入らないのも嫌だし、目の前に私を売ろうとした人が居て見てるだけなのもごめんよ」
「それでも手順に乗っ取ってもらう」
「へぇ、そうなの」
男の方を見ないまま商人を見る。
「じゃああんたは今心臓をぶっ刺されて、そんで犯人だけ助かったらお金払うからって言われて許してあげるの?」
至極疑問であることをぶつけた。
「それが規律だ」
守るべきものを守るのだと言われて興味が完全に青年からなくなる。
人間同士、人間達が守るものを個人も守ると言うことは己の防衛を空っぽにするも同然だ。
呆れに呆れ果てて男の言葉を全て消した。
王都に着く前に宿を取ることとなり、騎士達は寝ずの番になった。
被害者達は共に同じ部屋へ泊まる。
リンテイは周りから距離を置かれて誰も近寄ろうとしない。
こいつらは脳みそが平和なので、そんな頭の悪いやつらに話しかけられるのも嫌だったので、都合が良かった。
被害者のくせして、泣き寝入りな前提なのが許せない。
全員が寝静まるまで待って、ぬるりと部屋を出て加害者達の居る部屋へ入った。
加害者達はというと、寝ているものも居たりいなかったり。
都合がいいと声をあげられる前に喉を殴った。
悪魔ステータスにより、一瞬でかすかすな声しか出なくなった男達は、いきなり現れた少女に訳がわからず、混乱している。
悪魔はやられたら、やられっぱなしなどしない。
やりかえすのだ。
二度と手を出す気が起きなくなるように。
徹底的に。
やられたらそれは喧嘩ではない、戦争なのだ。
最後に戦った女も、こちらを殺す気で来た。
つまり、そういうソルジャーな価値観を持つ種族。
「なにが一番ムカつくのかっていうと、格下の人間にやられたことよ」
声帯が今使えない奴隷商人達は、悪魔ステータスによる打撲で前後不覚。
翌朝、騎士が部屋を見ると声帯と顔をボコボコに腫らして、歯が全てなくなっている光景に、言葉を無くした。
*
協力関係の聖騎士の一人が部屋に居る奴隷商人達の状況を黒髪の男、成人したカスクに報告していた。
神父という、エクソシストの見習いのカスクが聖騎士になっている経緯は、後程として、今報告を聞き終えた顔はしてやられたという表情だ。
「どう考えても、あの子供が関わってるな」
「しかし、部屋の前には見張りも居ました」
報告に来た男とて、カスクに苦情を言った女を疑ったが、商人達の歯を全て失わせる所業をしたとは、到底想像も出来ない為、別人による犯行と決定付けていた。
「となると被害者達全員か。犯人どもの様子はどうだ。話せそうか」
「筆談もまだ出来そうにないかと」
その言葉にカスクは舌を打った。
王都の尋問にて、筆談で今までの犯罪行為を自白させるのでそれはいいとして、誰にやられたのか、を聞き出せない現在がもどかしい。
もし、リンテイがここに居て心を覗けるのならば、そのもどかしさを感じさせたのだから、これで気持ちが分かっただろう、と舌を出していることだろう。
「一つの案件にそれほど長く関わるつもりはないからな」
カスクは今現在、国に遣えているのではなく、臨時の聖騎士だ。
フリーの聖騎士とも言える。
優秀な聖騎士として有名なので、よく討伐や緊急案件に雇われる。
「分かっています」
男は承知である、と頷き部屋を出ていく。
それを見送るまでもなく、報告書を書く手を早めるカスク。
ふと、少女に言われた台詞がよみがえる。
心臓を刺されて、金を渡されて許せるか。
「許せねぇよ」
懐にある、一粒の悪魔の心臓と呼ばれる心臓玉をそっと触った。
*
リンテイは、馬車に揺られながら断固否定な姿勢で、白けた顔をしてふん、と息を吐く。
馬車に個人として呼ばれたと思えば、なにを聞くのかと思えば奴隷商人が今朝袋叩きにされたのでなにか知らないか、という質問だった。
もう少しで王都に着くというのに、事実はそこで場を用意し、聞くべきだ。
「知らないわ」
「お前はあいつらを恨んでただろ」
「私じゃなくても、誘拐されたあいつらにも同じことが当てハマるんじゃないの」
全く、無駄な時間を取らせる。
「それとも、あいつらが私にやられましたって言ったの?」
「……いや」
尋問しているのはカスクだけだ。
普通、こういうのって二人一組じゃないのか。
「話は終わりね」
「まだある」
「うっとおしいわね」
「お前は村から追放されたと言ってたがこれからどうするんだ」
「そのこと」
一応考えてある。
お金を得るために働くのが一番。
「適当にどっかで暮らすわ」
正直に言ってもしょうがないので、適当に流す。
疑わしい目をしているが、どうやってこの細腕で、拉致犯達をぼこぼこにしてしまうというのだ。
やったけどね。
「もういい?」
「ああ」
解放されついでに言っておく。
「いつまでも心臓持ち歩いているのは気持ちが悪いから、直ぐ捨ててきなさい」
かちんこちんに思考を停止させた男を放置して、馬車を移った。