02絶対に許さないわ
「なるほどね」
リンテイはざーざーと流れる濁流の中、子供の襟首を鷲掴みながら呟いた。
まず体、問題なくなんの差もなく、ただの人間になっていた。
そして、片手。
どっかの子供がしがみついている。
濁流に持っていかれたくない、藁にもすがるという行動だ。
子供が子供にしがみついても死体を増やすだけだが、今の自分は人間という劣った存在にしては、特出した握力と腕力を持っているらしく、踏ん張らずとも子供を持ったまま、川を移動出来た。
ここは村から離れた、川があるところだ。
前日に大雨が降って川が増水している。
村長や村人は子供に言い聞かせていたというのに、子供達は激しい流れという娯楽を見たいがために、大人の言いつけを簡単に破ってここまできた。
で、逆らえない底辺の地位にある自分を連れて、目前まで川を眺め呆気なく体をぽちゃんとしたわけだ。
全くのアホとしか言いようがない。
で、傍に居たリンテイの服だか髪だかを引っ付かんで、一緒に流されていく中、自身が悪魔であった記憶を経て、半分程になってしまった握力でもって地面に舞い戻ってきた。
ここで死体にならず帰還できたのは、悪魔だった記憶のお陰だ。
人間のままの体力だったなら、そのまま死んでしまっていた。
この村長の息子が、死んでもどちらでも良いが、なにか保険になるかと思って救っておこう。
リンテイを底辺にさせている親が、今さらありがとうと言うのもないだろうが。
考えただけで寒気がする。
寒気と言えば、服が濡れていて重いので早く帰ろう。
こいつを村までおぶる義理は、ゼロマイナスだ。
なので、草をさくさくさせながら歩き出すと、村長の息子の金魚の糞どもがこちらへやってきて彼へ声をかける。
ふん、あとはあいつらが重いものを持ち運ぶだろう。
と、いうわけで村へ戻ったのだが、子供達はなにをどう言い訳したのか川へ落ちた理由をリンテイに擦り付けて見事、村から追放された。
罪人なので財産もなにもなく無一文で放り出されることとなった。
別に放り出されることに悲観はしない。
奴隷のように働かされていたからまだマシだ。
ただ、村人達がバカなのが露呈しただけだ。
リンテイという、村でかなり貢献していた無賃の働き手を手放した。
水を往復で組むのも、大量の洗濯物をするのも、畑に水を撒くのも、これから誰がするというのか。
無意識に、悪魔のステータスを出していたリンテイだから出来ていたことを、あの村の誰かが出来るとは思えない。
今まで、怠慢を貪っていた人達に働く真似が出来るとは思えない。
やっぱりアホである。
後ろからガタガタ音がして振り向くと箱を運ぶ馬車が見えて道を譲る。
己が村で底辺だったのは孤児だったからだ。
村にいる親は、あくまでお情けの義理の関係。
小さい頃は居たらしいが、今は居ない。
それが事実で、それ以外はどうでも良いし、興味もなかった。
「おい」
くるり、と後ろを見た。
しゅ!と手を後ろにやられて縄で縛られ馬車の中へ手並み鮮やかに入れられる。
人さらいだ、と初めての経験に少し気分が高揚する。
今の状況はよくある不幸の一つだな。
馬車の中には老若男女、子供も揃って死んだ瞳で空間を見つめていた。
彼らから話を聞くのは、無理かもしれない。
試しに質問してみても、濁った目で見てくるだけで話さない。
餓死や空腹で死にそうになる前に、捕まえられて幸福な方だったかもしれない。
人間などと言う情弱な生き物になってしまい、まさに売られる用に連れていかれるわけだが、付き合ってられないと、あくびを噛む。
腕を少しふんっ、とすれば簡単にこんな弱い縄なんて契れる。
というわけで、ふんっ、として逃げることにした。
──ヒヒーン
馬の焦った鳴き声と共に、急に止まる。
「なんだ?」
奴隷一歩手前が、疑問を口にする。
外からは怒声や言い争うもの、金属の擦れる音。
かなり緊急性のなにかが、外で起こっているみたいだ。
縄をぶちる前に、取り敢えず様子見だなと暇をもて余す。
さっさと、なにかしら事態が動いて欲しい。
カチャカチャと金属の音が聞こえてきて、扉が開かれてちょっとした光がこちらを照らす。
「捕らわれたもの達が居ますっ」
報告なのか純然たる事実を口にしたのか。
次いでやってきたのは、扉を開けた男よりも少ない銀色の鎧を一部身に付けた黒髪の眼光凄まじい青年だ。
「ちっ」
どう見ても機嫌が悪そうに舌打ちした。
なにがそんなに腹立たしいのか。
場内の人間達に怯えが見え始めた頃、黒髪の青年が面倒そうに告げる。
「おれ達は聖騎士だ。違法奴隷商人を捕まえにきた。お前達は証人として、王都まで来てもらう」
そんな発言がなされ、奴隷にされかけた者達は現金にも喜びを表している。
さっきまで、質問一つ返さなかったくせに。
今度はこちらに舌打ちしたくなる。
お礼をいう場面としても、一人で逃げられたので遅いとしか思えない。
思考が悪魔な部分なので少女は傲慢である。
「こっちへ一旦移動しろ」
不遜な物言いをする聖騎士に、不満を抱かないのはリンテイ以外の人間だ。
今までは、逃げる素振りすらしなかったのに、助けられたら素直に従う人間達に顔が歪む。
もう一度言おう、少女は悪魔の思考である。
「王都に言ったら帰りはどうするの?」
ここから離れているし帰るのにはお金がかかる。
悪魔少女は無駄を嫌う。
黒髪の青年に反抗的な態度を示したら、周りの騎士が慌てて男の顔色を窺う。
これだから人間の縦社会は。
鼻で笑うと、黒髪の男は「少しなら渡せる」と言う。
「私を拐ったのにそれだけ?」
リンテイは少し眉をあげて、満足でない回答に遺憾を示す。
すたすたと、騎士達が取った縄を見ずに奴隷商人とやらの方へ行く。
既にお縄な奴等の傍に商人達は居て、騎士達に囲まれている。
それに一切顔色を変えず、なんてことない風に近寄る。
騎士達が気色ばむ。
多分、危害を加えると思われているのだろう。
商人達の前に行く手前で、騎士が立ち塞がる。
「仕事の邪魔をするな」
黒髪の融通の聞かない、生臭い気配の男。
こてり、と首をかしげて手をひらりと出す。
それを、彼は不機嫌そうに見てから、なんだこれは、と目で説明を求めてくる。
そんな簡単な事が分からないとは。
「慰謝料をそいつらの財布から出してここに乗せて」