09湖
カスクも椅子に座り飲み物を頼む。
「湖が汚れて観光地として致命的なので様子を見てくるように言われた」
「言われたってことは報告が仕事なのか」
ラグナは内容を吟味する。
「解決するのは流石に無茶振りだしな」
「人魚に話しかけたやつは居ないの?」
ここまで噂として広がっていて、誰も聞かないというのも変。
「人魚と言っても人影を見たって噂だしな」
「人間達が自ら汚して人魚に濡れ衣を被せたって結末なら私はそいつらを空へ打ち上げても良いのね」
「いやいやいや」
「待て。え?お前来るの?」
「町の外へ出たいと思ってたのだから行くわ」
「今から!?」
三人は驚いて彼女を見るが発言を聞くに本気らしいと知る。
「明日には人魚が居なくなってるかもしれないし、人間が証拠隠滅をするかもしれない」
「いや、流石に急過ぎっつーか」
「私だけ行くから付いてこなくて良いわよ」
「あんなに興味なさそうだったのに」
ラグナ達は戸惑いを隠さずに言う。
「私は人間に追い出されてここに居る。その連帯責任をこれからずっと背負っていくのだから、娯楽を提供してもらわないと」
リンテイは改めて考え、もし人間が犯人ならリンテイにこそ相手を殴り付ける権利があると知れた。
今まで人間に受けたものを同じ人間に背負わせるのは、当然だ。
「ん?ん?」
三人は必死に理解しようとしたが、無理そうだ。
「人間の罪は人間全ての罪。お分かり?」
「「いやいやいやいやいやいや」」
ジョイとラグナが頭を高速に横振りする。
そんな理不尽なと、涙目すら浮かぶ。
「カスクも負債があるからどんどん私に返せなくなるわね」
「負債ってカスクさんが?」
カスクの方を二人は向く。
彼は苦い顔をして、彼女を浚った男達を先に逮捕して彼女の仕返しを邪魔してしまったことを、軽く話す。
「カスクさん勇気あるっすね。おれにはとても、そんな恐ろしい真似出来ねぇ」
ジョイは幼子の記憶を掘り返して彼女のやられたらやり返すぎて、それはもうただの懐柔だというのを知っていた。
ちょっと叩かれただけで、その返しはとてもではないがエグい。
「不可抗力だ。こいつがこいつとは知らなかったんだ」
「そりゃなんつー間の悪い」
カスクもまさか保護した女が、かつての悪魔だったとは想像も出来まい。
「そうとなったら行くわよ。さっさと立って」
彼女は、言い出したカスクを置いていく勢いで席を立ちさくさく外へ向かう。
それに慌てて向かう二名とゆっくり歩く一人。
カスクは、彼女に歩幅を合わせていると気力が持たないと学んだのだ。
ジョイとラグナは、カスクに振り回されることに慣れたので気付いても変わらないかもしれない。
リンテイは外へ出て光を浴びながらとんとん、と軽い足取りであるが後ろを向く。
「場所はどこ?湖なんて覚えてない」
「ここから近くも遠くもないなぁ」
ジョイはううん、と頭を捻りながら馬車で行こうと提案される。
悪魔は翼があるのでこの方、馬など乗ったことはない。
「誰が運転出来んの」
確認を取ると二人は出来るらしい。
聖騎士というのは文武両道の人間が多く、試験は厳しいらしく大変だったと言われる。
カスクも店から出てきて、馬車を借りることになったことなど言うと、既に手配を済ませているが、こんなに早く移動するなどと思わなかったので違う馬車を借りようと言われた。
めんどいな人間って。
羽がないとこんなにも不便なんだな。
髪をすいて馬車を借りるところへ行く。
前もって分かっていたが馬の匂いが凄い。
「臭いの平気か?」
「なんでそんなこと聞くの」
「いや、鼻が耐えられなくて女は苦手な人多くてな」
「命が動いている証なのになにを言ってるの。人間ってワケわかんないわ。自分達だって我慢してもらってるくせに図々しいわね」
「うお、久々にリンテイの正論聞いた。つっても小さい頃はちんぷんかんぷんだったけどな~」
ジョイはあっけらかんと笑みを浮かべて、馬に逃避しなかった女に機嫌良く言う。
「行くぞ」
カスクに声をかけられて四人は乗り込む。
結局全員付いてくることとなる。
町を出ると急にガタガタとした道になり、お尻の振動が酷い。
確かに奴隷商達の運転などもっと酷かったので、このガタガタも起こるわけだ。
「馬車っていうのは早さのわりに使い勝手悪いのね」
「聖騎士に貸し出される馬車はもっと良いもんだけど今回は急いでたからな。安い馬車だ」
「馬もこんなのを引かされて最悪」
「馬には優しさやれたんだな……」
馬は人間のように善悪を分けて行動しない。
人間はそれを悪いと思ってやり、悪いと分からないまま罪をやるのも居ると聞く。
どちらに優しくするかなど愚問。
「優しさとかいう感情を勝手につけられてもね。あんたも簡単にそういうこと言わない方が良いわよ」
人間はなにかにつけて、あーだこーだと行動に感情に伴う行動のこじつけをするので、悪魔のようになにも考えずに生きる者にとってはピンとこない。
なわばりを奪わせない行動を、守ったという人間がいるかもしれないが、それこそ勘違いだ。
そこに理由はなく、己のものを取ろうとしたのだから防いだだけなのである。