01悪魔族とは自由
しゃりしゃり、とリンゴを齧るのは翼を生やした女だ。
頭には羊の角のようなものが生えており、正真正銘の生粋の悪魔だった。
名をリンテイという。
悪魔の女は岩の上で食べたリンゴをぼりぼり食べて、芯まで食べたところ、下方面から熟しきれていない声帯を持つものに呼び掛けられた。
「おい、悪魔。降りてこい」
その子供は生意気な男児であり、最近ここへ滞在しているエクソシストだとかいう職業の見習いだ。
悪魔がいるから滞在するとは現金なやからであると思ったもの。
いつも、なにかにつけて説教じみた中身が空っぽなことをいうので右から左に流している。
「お子ちゃまは寝なさい」
いつもの癇癪だろうと無視して岩の上に座ったまま空を見る。
「羊の毛を全部三つ編みにしたのはお前だな」
そんな些細なことを言いにくる為だけにここまでくるなど真面目なのかバカなのか。
呆れつつも雲を眺める。
「いい加減やめろ」
「それはこっちの台詞。村人が一人でも私を退治してくれって言ったのかしら」
そう言うと男の子、カスクはグッと口を閉じてこちらを悔しそうに睨み付けてきた。
誰もそんなことを言っていないのに自分だけがこうして言いにいくということに不満を持っているのがありありと分かる。
「ふん、首を洗って待ってろ」
カスクは捨て台詞を吐いてぎゅっと腕を組んだままどすどすと足跡荒く帰っていく。
もう一つ残しておいた桃をもぐもぐと食べてそのことは既に忘却されている。
なに、いつものことである。
己の望む未来を見て悪魔を退治してやろうと意気込んでいるのを見ていると暇人なんだなと浮かぶ。
リンテイはこの村を縄張りにして、日々いかに己が楽しく過ごせるかを本能のままに試している。
さっき言われたような、羊の毛を三つ編みにしたり、子供が泥遊びをしている中で全員に泥の玉を浴びせたり。
そして、今現在のリンテイを村人達は特に迷惑だとか恐れてもいない。
獣や火事に迅速に対応して追い払うなどの行動をする彼女は、村のアイドルとして思われていた。
子供達はガキ大将のように思っている。
リンテイとしては、ただ縄張りを荒らされたり遊べる人間が減る事態を避けているだけに過ぎないので、助けるといった精神でやってはいない。
だが、そうだとしても村人は結局変わりないとありがたく思われている。
「リンテイー、これ見てー」
子供達の慣れた声が聞こえて、ふらりと飛び立つ。
桃をかじりながら村の入り口に集まる子供達の真ん中へ降り立つ。
子供らは下手っぴな術式の紙を指差して首を傾げている。
「こんなの底辺の霊だって追い払えないわね」
「これってなんの札なんだ?」
これは悪魔払いをメインとしたお札だ。
しかし、術の文字を間違えておりただの文字を書いた絵というだけになっている。
これは黒歴史になるだろう。
「なんで入ってこれる!?」
カスクが怒りながら手でしっしと払う。
さて、言うべきか。
「絵は上手いけど最後までちゃんと正しいか確かめれば次は上手くいくんじゃない?」
紙を剥がして間違えている払いの札をぺらぺらと振る。
彼は顔を赤くしてぷるぷるさせながら、バッとこちらの持つ札を奪い取り自身が居候する家に飛んでいった。
ぽかんとする子供達にそっとしておこうと一応言っておく。
今下手に刺激して暴走されてもこちらのやることが増えるだけだ。
リンテイはカスクが入っていった家を見てから、子供達に引っ付かれて石を積む。
今日は石を並べるいたずらをすることにした。
子供達も興味津々で真似て同じようにしていく。
終わる頃には夕日も出ていて皆は夕飯で帰る。
そんな毎日を繰り返す。
そのうち、カスクの説教じみたものも変化なく特にこれといって刺激もない日常だ。
ちょっと外へ出て留守にすると怒るカスクに首を傾げながら、羽を手入れする。
「村はっけーん」
ちゅるるんとした甘ったるい声に後ろを向くと、ピンクの色をした髪を持つ同じ悪魔が村を見てにやにや笑っていた。
直ぐに立ち上がり羽を広げ彼女に近づき牽制する。
「ちょっと」
声をかけると、にまにました顔が不思議そうなものに変わり、こちらを観察する目。
「ここは私の縄張りよ」
「そうなんですかぁ?」
甘い甘い声。
きゅるるーんとしていて目を三角にする。
「他を当たりなさい」
「私、子供好きなんですよぉ」
話を聞いていない。
悪魔の中では割りとある性格だ。
自由で自分にルールを課せない、無法者タイプの快楽主義者。
「あー、良い匂い」
すんすん、と女は鼻をひくつかせて村へ近付く。
近寄らせるかと羽を動かし女の前へ立つ。
「聞こえなかった?私の縄張りだから近寄らないで」
しかし、女は目をこちらへ向けるとぷるぷるした唇で笑う。
「ごめんなさーい。つい」
女は一応の謝罪をすると違う方向へ飛び去る。
警戒を怠らないように目を離さぬまま見送る。
本当に去ったか分からないので睨み付けておく。
夜、女が来ないか警戒していたがくる気配もなく安堵した。