国盗り令嬢〜追放されましたが大盗賊と手を組んで全部奪い返してみせます〜
この世で最も大きく、価値の高いもの。それは国だ。
国土を手に入れたいがため戦争は起こる。国が広ければ広いほど、民からの税や自然の資源が増え、豊かになっていく。
私は、そんな「国」そのものを手に入れようとしている。
目の前に聳え立つは、固い城壁に囲まれた白亜の城。
この城を見るのは決して初めてではない。だが、いつになく身がこわばっていた。
「ビビってきちまったかい? 別にお留守番しててもいいんだぜ」
私の右側に立つ男が、ニヤリと笑いながら言う。
今更私が引き下がるわけがないとわかっているくせに、揶揄っているのだ。揶揄っていると言っても嫌がらせではなく、勇気づけるために。
「まさか。頼り甲斐のある相棒が隣にいてくれるんですから、怖くはありませんよ。――必ずやり切りましょうね、大盗賊さん」
「もちろんさ。期待してるぜ、お嬢ちゃん」
私は相棒と視線を交わし、深く頷き合う。
そうしながら、ここまでやって来た経緯をゆっくりと思い返した。
* * *
かつて私は祖国を追われた。
王子殿下の婚約者だったのは、もはや遠い昔の話。王家の激しい散財を誤魔化すために「国庫にあった資金を盗み出していた」などとあらぬ罪を着せられたのだ。
与えられた刑罰は追放刑だった。
王子妃となるはずだった未来も、貴族令嬢の地位も、お気に入りのドレスや宝石も、家族や友人も何もかも失った。
生家は取り潰され、保有していた資産は全て祖国のものになったという。
悔しかった。哀しかった。たまらなく、腹立たしかった。
だが私一人ではどうにもできなくて、見知らぬ隣国の地で右も左もわからず、奴隷商人に捕まって。
思えば、相棒とはあまりいい出会いだったとは言えない。
奴隷商人に売られた先はどこかの裕福な商会。そこでこき使われていた最中、商会に押し入ってきたのが我が相棒だった。
刈り上げの銀髪が特徴的な、齢四十ほどの偉丈夫。
衣服は簡素で、なのになんとも言えない貫禄がある。
そんな彼に目を奪われているうちに全てが終わっていた。
警備兵を次から次へと打ち倒していく彼の手際の良さは凄まじいものだった。
商会の宝物のことごとくを持ち去り、そしておまけに、恐怖に震えるばかりだった私までも連れ出した。
「そこのお嬢ちゃん、せっかく若くて美人なのに奴隷人生を送るなんてもったいねぇな。そうだ、俺に盗まれてみないかい?」
胡散臭い誘い文句が、なぜだかとても魅力的に思えた。
世間知らずのお嬢様だったからかも知れない。それとも、悪戯っぽい笑みに惹きつけられてしまったかも知れない。
彼は世界各国で名を馳せている大盗賊。金銀財宝から屋敷に至るまで、あらゆるものを己の物にしてきたという。
私と同じように盗まれてきた人々は過去にいたのかも知れないが、どこにも姿は見えなかった。というのも――。
「盗んだはいいものの、人間を金にするのは俺の趣味じゃねぇ。とはいえ使い道もねぇし、無一文じゃ飢え死にしちまうだろうから、ちょっとの金は握らせてやるよ」
大盗賊の割には根はかなりのお人好しのようで、すぐに私を解放してくれようとした。今までもそうしていたのだろう。
しかし私は素直に頷いたりはしなかった。
「私、追放されてしまいましたが、元は名家の娘だったのです。こう見えて教養も知識もありますわ。それを存分に使ってくださって構いません」
行くあてがないからと、どうせまた捕まって誰かの奴隷にされるだけだからと縋りつき、困り顔になった大盗賊に頼み込んだ。
「お願いします。私を見習いにしてはいただけないでしょうか」
「見習い……? 俺が、お嬢ちゃんを? だがなぁお嬢ちゃん、俺がこの歳まで嫁さんをもらってないのは危険が多過ぎるからなんだよ」
「――それでも、です」
私の覚悟の強さに、断っても厄介なことになると思ったのかも知れない。
使えなかったらすぐに見捨てるというのを条件に受け入れてくれて。
私は大盗賊の見習いになり――大小様々の盗みを二人でこなすようになったのだ。
今までは当たり前に盗みなんてやったことがなかったが、意外に上達したと思う。大盗賊が丁寧に丁寧に教え込んでくれたおかげである。
それだけではない。令嬢時代を活かし、言葉巧みに貴族を騙してこっそり盗みを働く……なんてこともやった。
「これで少しは楽になる」と喜んでもらえたので、捨てられずに済んだ。
大盗賊は、捨て子の孤児。貴族とは縁遠かったが故に、生き延びるために得たすばしっこさと腕力だけで、盗賊として上り詰めたという。私には想像もつかない苦労があったに違いない。
ともかく。
初めは、ただそうやって暮らしていければ良かった。
大盗賊の見習いになったのは、居場所が欲しかっただけだから。
でも、宝石やドレスが再び手に入れられるようになって、それでも満たされることはなく、どんどん胸の中にとある想いが膨らんでいった。
いくら大盗賊の仲間と悪名高くなっても、かつて失ったものは何も手元に戻ってこない。
だから――。
「ねぇ、大盗賊さん。私、ずっと思うことがあるのですが」
「なんだ?」
「私を追いやった国から、何もかもを奪い返したい。資産も家族も友人も……いえ、いっそ国そのものを盗んでしまうのです。楽しそうだとは思いませんか?」
私の提案を聞いて、大盗賊は心から楽しそうに唇を歪めた。
私が想像していた通りの反応だった。
「ははっ、つまり国盗りってわけかい。ずいぶん大きく出たもんだ」
そして――。
「確かに面白そうだ。乗ってやるよ、お嬢ちゃん。そんなに立派な野望を抱けるなら、見習いは卒業だ」
「卒業……?」
「今日からお嬢ちゃんを俺の相棒にしてやる」
ぎゅっと手を握りしめられた。
その感触を忘れることはおそらく一生ないだろう。
自分の頑張りを認められ、己の願いに協力してもらえることになったのだ。
泣きたくなるくらいに嬉しかった。というか、実際にうっすら涙を滲ませてしまった。
「ありがとうございます。ありがとう、ございます……!」
「俺の相棒のくせに泣くんじゃねぇよ、ったく」
ハンカチをそっと差し出してくれる相棒の、なんと格好いいことか。
もっと年若い殿方にされたなら惚れてしまっていたかも知れない。我が相棒は私の親と同世代なのでそういう目では見られないし、相棒も相棒で伴侶は選ばない主義だから、そういう意味で結ばれることは絶対にないけれど。
* * *
祖国の土を再び踏むのはなかなかに苦労した。
国境は国の兵にガッチリ固められている。
普通ならば持ち物検査で異常がなければ入国させてもらえるところだけれど、私は追放刑に処された身。そう簡単に入れてくれるわけがない。
が、私は大盗賊という世界一のお尋ね者の相棒。
それなりの修羅場は潜り抜けてきている。
「お嬢ちゃん、任せた!」
「任されました」
自ら囮になって、その間に相棒が力づくで国境を突破するのを待つ。
捕まらないように逃げ回る時間は一番緊張が高まる。盗賊になって以降地道に鍛え続けている逃走力が試されるのだ。
結果として私の逃走力の方が上回っていたらしい。
国境警備兵は頑張ったようだが、誰一人として追いつけていなかった。
そのまま、相棒が切り開いてくれた道を進んで国境を越えた。
一人では到底不可能だったであろう祖国への帰還。
感慨深いものはあるが、これから成すのは一世一代の大仕事である。帰ってきただけで気を抜くなんてことは許されない。
行方の知れない家族に探すのも、友人との再会も後回しにしよう。
だって、この世で最も大きく価値の高いものを手に入れたのだと、やられっぱなしじゃなかったのだと、胸をはって見せたいから。
――本当に国盗りなんてできるかはわからない。正直、怖い、と思ってしまう。
けれど、相棒と一緒なら、きっと大丈夫だ。
大盗賊は荒っぽいことはなるべくしない主義だが、やる時はやる。元見習いで今は相棒の私も同じ。
欲するものは何が何でも盗み取る。たとえ、国盗りのために必要不可欠な、『王族の首』だったとしても。
王子の元婚約者だったから、城への侵入方法は知っている。
王族が有事に脱するための隠し通路。いくら未来の王妃予定だったとはいえ、そんな重要機密を教えてしまっていたのだから、この国の王族はとんでもなく愚かだ。
その愚かさ故に、たった今から滅ぼされる。
「世紀の大盗賊と国盗り令嬢の名が後世に残るよう、頑張らなくてはいけませんね」
先を行く相棒の大きな背中を見つめながら、私はそっとひとりごちた。