Side キルア・モーデ⑤
俺は剣を構えた。
「嫌だな〜。戦うなんて今はしたくない
んだよね。起きたばかりでさ。怠いんだ。
その胸ポケットのモノを渡してくれるだけで
いいからさ」
ローブの男が近づいて来る。
俺は後ずさり言った。
「誰が渡すかよ。ボケ」
「そうか〜。よっぽど死にたいんだね」
突然光が放たれ俺の腹にあたり吹っ飛ばされた。
咄嗟に風魔力で防御し立ち上がる。
「へえ〜。風魔力で防御したか。人間の
くせに」
ローブの男はため息をついて右手を挙げる
と宙に格子状の模様が浮かんだ。
その格子状の線が一瞬で俺の目の前に
迫ってきた。剣に魔力を込めてそれを
切り落とす。俺の横を通り過ぎていった
格子が後ろの木にあたった。すると木が
格子状に細かく切れバラバラと崩れた。
それに体があたるとバラバラに切り裂かれて
しまうようだ。
次々に繰り出される格子状の線を切りながら
攻撃も開始する。
ローブの男を追いながら切りかかるが姿が
消えて宙に浮いたり後ろに立っていたりで
すばしっこい。
俺は火の魔力で攻撃するもローブの裾を焼いた
ぐらいだった。
「あははは。今世の騎士って僕達がいない間
平和ボケしまくちゃったんだー。笑えるなぁ。
1000年前の奴らの方が楽しめたよ」
1000年前?この男……。
一瞬の隙にローブの男の指から出てきた銀色の
糸のような物で剣を払われた。
剣が遠くに飛んでいく。
しまった!
「さぁ、そろそろポケットの中のモノを
出してよ」
ローブの男がいつの間にか目の前に立って
いた。
俺はその時ふっと思い出した。アダン殿下に
教えてもらった呪文を。試してみる価値はある。
両手を空に向かって上げ俺は呪文を唱えた。
すると大きな魔法陣が現れ青く光だした。
俺も驚いたがもっと驚いたのはローブの男だっ
た。
「は?何でお前がアーサーの呪文を!?」
アーサー?
伝説の勇者でもあり王でもあるあのアーサーの
ことなのか?
突然魔法陣から放射線上に光が放たれた。
その光がローブの男を貫く。
顔にかかっていたフードが揺れて一瞬顔が見え
た。銀色の瞳だ……。
ディア姫が言っていた銀色の瞳を持つ人なのか?
「もう……痛いなぁ。ちょっとムカついた。お前
早く死んでよ」
血だらけになってはいるが致命傷にはなってい
ないらしい。俺は違う呪文を唱えようと構えた
時、ローブの男の瞳が光った。
男の全身から先程手から出ていた銀色の糸のよう
な物が無数に飛んできた。
俺は即シールドを張ったがそれを突き抜けて全身
を貫いてきた。
「ぐはっ!」
口からも鼻からも血が流れて出る。
貫いた糸は俺の体を宙に浮かせ地面に叩きつけ
た。激痛に意識が飛ぶ。
ローブの男が屈み込んで俺の右胸ポケットから
ディア姫のお守りを取り出した。
「わぁー。コレ本当に愛しい人の香りだ」
フードの陰から見えた口元が笑っている。
お守りに頬擦りして嬉しそうにしている。
クソ……。もう殆ど力は残っていない。
俺って全然強くなかったなぁ……。
『平和ボケ』か……。そうだよな。魔獣討伐
はしていたものの魔獣よりも強い敵なんて
いなかったし……。昔存在したと言われている
『悪魔』なんてもう伝説の域に入って……。
俺は掠れつつある目でローブの男を見た。
血だらけだった筈なのに綺麗になっている。
傷一つ無い。こんなに強い魔力を持つ人型の
魔獣なぞ……。いや魔獣ではない別の……。
『悪魔』なのか?
「あ〜。そうそう。ここに居た魔獣達も
平和ボケ?なのか1000年前と比べものに
ならないぐらい弱くなってたから僕少し力
貸してあげたんだよね〜。どうだった?」
そうだったのか。突然に魔力が強くなった
魔獣。変だと思っていたがそういう事だった
のか……。コイツの気まぐれで仲間が死んだ。
悔しい……。悔しい……。
「あれ?もう殆ど死んでる状態?」
笑いながらお守りにキスをしてる。
そのお守りに触るな。キスなんて絶対に駄目だ。
止めろ……。
「最初から渡してくれてればねぇ〜。命までは
取らなかったのにさ」
ローブの男はフードを後ろに下げた。
「ふふふ。この香り。やっぱり愛しい人も
今世にいるんだね。嬉しいな〜。いつ会えるの
かな〜」
ふざけるな。
俺は最後の力を振り絞って右手を上げた。
竜巻を起こしてローブの男からお守りを取り
戻し即焼いた。
「誰がお前に会わすかよ」
「くっ、お前!本当に腹が立つなぁ!あ〜!
その色男っぷりで僕の愛しい人を誘惑したん
だろう!」
なんか言ってるがもう俺には何も聞こえて
いない。意識が遠のく。
どうやら顔を蹴られているようだが痛みも
感じない。燃やされてるのか?
「もうこれで誘惑出来ないね〜」
あぁ。こんな奴に殺られるようじゃディア姫
の護衛騎士なんぞ務まらねーよな。
笑ちゃうぜ。
でもディア姫を手助けしたかった。同じ死ぬなら
ディア姫を守って死にたかった……。
その時何かが俺の手をぐいっと引き上げた。
魂だけになっていた俺の手を。
「ん?もう向こうでも愛しい人の香りがするなぁ。
どーしようかなぁ。欲しいって言ってもきっと
コイツと同じ反応するんだろうなぁ。今、体力
使っちゃったからもう少し万全にしてからに
しよーと。寝てる間にこんな体力も力も落ちる
なんて悔しいなぁ……」
ローブの男が悔しがってる事など知らずに
俺は温かい手の温もりに癒され目を閉じ完全に
意識がなくなった。