山猿
それから少し経ったある日。
その日、レオンお父様は皇帝陛下が王都から
少し離れた村の視察に行くお供で1泊不在。
ノアも学校の宿泊研修で1泊不在。
なんでも聖なる泉とやらの近くにあるコテージ
に泊まって光魔法のレベルアップを目指すん
だとか。聖なる泉って凄いのね。
ローズお母様は朝から夜までどうしても行かない
といけないお茶会の予定があった。
夜までのお茶会ってもうそれは宴会なのでは?
そしてもちろんルイお兄様はお仕事だ。
私は1人でお留守番。1人っていっても実際は
1人ではないのだけどね。
エドやメアリーは勿論お屋敷の使用人だって居る
しヴィンセット家の護衛騎士様達もワラワラと
居る。なので全然心配なし!
なのに……。
「ダメだよ。ディアだけなんて。何かあったら
どうするの?」
ルイお兄様が心配顔で言う。
いや、だってルイお兄様は夕方に帰って来るじ
ゃん。
ローズお母様だって夜……多分夜中になると思う
けど帰って来るじゃん。
「我々が誰も居ないのを見計らってディアを攫い
に来たらどうするの?」
え?誰も攫いになんか来ないと思うけど、そんな
時の為の護衛騎士様達なのでは?
「しかもその者達が外部から来るとは限らない」
え?騎士様とか使用人を全く信用しとらんの?
「だから今日は私が休みを取ったよ。一緒に
居ようね」
……マジか。上司泣かせ。
レオンお父様と一緒だな。
流石親子だ。
ルイお兄様が休みを取ったことで他の家族達は
安心してそれぞれ出掛けて行った。
午前中、ルイお兄様は書類仕事をいくつか持って
帰ってきたようで部屋に籠って仕事をしていた。
昼食を食べた時に午後から一緒にお茶をしよう
と誘ってくれたので暇人だった私はいそいそと
ティーラウンジへと向かった。
「ほら、ディアが大好きなアーベンデールの紅茶
だよ。それとイチゴタルトも」
ルイお兄様が用意をして待ていてくれた。
「ありがとうございます」
私はルイお兄様と向かい合わせに座り気が
付いた。
あっ!いつも2人だけの時は膝の上だった。
どうする?今からよいしょって座りに行く
のも……。って、私も随分と慣れたものだ。
膝の上が。
そんな気持ちを察知したのか
「今日はねディアの可愛いお顔を見ながら話が
したくてね。席はそのままでいいよ」
とニッコリ微笑んだ。
ん?いつもの微笑みと違うような。
何となく怖っ……。
「さて、エド以外はラウンジから出て行って
もらえるかな?」
ルイお兄様はメアリーやお茶の用意をしていた
メイド達に言った。
え?何?何?
ルイお兄様を見ると先ほどよりも更に綺麗な
微笑みを返してくれた。
しかし怖さ倍増になった。怖っ!怖っ!
でもエドが残ってくれるなら大丈夫……かな?
メイド達が出て行くのと一緒にメアリーも
渋々出て行った。
「ここからはエドがお茶の給仕をしてね」
「はい。畏まりました」
しーんとしたティーラウンジの中、エドが
カップに紅茶を注ぐ音だけが響く。