序章 伝承と真実
その日のことを思い出すと、今でも自責と後悔の念で頭の中が張り裂けそうになる。言ってしまえば、俺のこれまでの波乱万丈な人生の一ページ目はこの一言によって始まってしまったのだ。
「お前たちは、千年の時を経て蘇った勇者の生まれ変わりなのである」
「は?」
まだ当時15歳だった俺は、反射的に嘲りを孕んだ声を漏らした。
「おい、ナト! なんだその反応は。長老様相手に無礼であろう」
怒鳴り、俺を睨みつけて来たのはその長老の孫に当たるハイドという名の男だ。ここには、ハイドと俺を入れて11人の男女が集められており、長老を中心に円陣をつくっている状況だ。ハイドは私から見て丁度正面の位置に立っており、大柄な身体を仰け反らせている。
「ハイド。ナトなんかにいちいち突っかからないで。今はそれどころじゃないでしょ」
心底迷惑そうにそう言ったのは、俺の右隣にいるイルだ。イルは青く長い髪をなびかせ、水色の瞳をぎろりと私の方に向ける。余計な事言わないでよね。家も隣で、兄妹同然のように育ってきたので、特段目を合わせなくても彼女の言いたいことは分かる。観念した俺は、すんませんしたと形ばかりの謝罪をし、申し訳程度に頭を下げた。
「まあ良い。お前の反応も無理はなかろうて」
長老は呆れた様子でそう言ったが、ハイドはまだ許せないようで変わらず俺を睨んでいる。いつもなら火に油を注ぐように変顔の一つでも披露したのだが、イルの機嫌と他の連中の真剣な眼差しに免じてやめておいた。
「話を戻す。お前たちも、家族や他の村の住民から一度は聞いたことがあるじゃろう。この村に伝わるあの伝承と我々村民に課せられた使命を」
その場にいる全員が、心当たりのある顔をする。中には、頷く者さえ。
「もちろん承知しています!カナルの民でそれらを知らぬ者は、恐らく存在しないでしょう!」
建物が軋むほどの大声で、ニトロが言う。そもそも、集められた場所が村で一番古い建造物である御社殿だ。何やら不思議な文様が一面に描かれた木材の壁は、何気無い時でも割と軋んでいる。
「ほう、ニトロ。では、我々カナルの民に伝わるその伝承と使命を申してみよ」
「はい!我々はそれはそれはとてつもないほど偉い人たちの子孫で、それはそれはとてつもないほど大きな使命を背負っているとか!!!」
「うむ。お主に聞いたわしが馬鹿じゃった。ハイド、申せ」
「え、あ、その・・・。俺は今、思い切りナトをしばきたい!!」
「そんなことは尋ねておらん。貴様、話を聞いてなかったな」
「き、聞いてはいました。内容は、入ってきていませんでしたが」
「それを一般的に聞いてないと言うのだ。肝に銘じておけっ!」
「はっ」
やれやれ、こいつらは大喜利でもやっているのか。同じ感想を持ち合わせていたのか大きくため息をついたイルが、渋々と手を上げる。日常でもこういう時、軌道修正してくれるのはいつだってイルだ。
「千年前、この世界を襲った危機【女神の厄災】から、未来を守った英雄【神の十葉】。神の十葉が戦後、俗世から身を隠し、暮らしたのがこのカナルの地。神の十葉は死の直前、各々の子孫たちにこう告げたという。『我々がかつて、大命を成した時より千年後、世界に再び厄災訪れる』と」
「さすがイルじゃ。よくまとめてくれた」
イルは長老に褒められても平静を装っているが、俺には分かる。鼻がピクピク動いている。本当は嬉しくて仕方がないのだろう。カナルの伝承と使命については村の連中から耳にたこが出来るほど聞かされる話で、正直ニトロとハイドでなければ誰もがすらすらと口に出来る内容であるのだが、野暮なことを指摘するのはやめておこう。
「そして今から15年前。女神の厄災から980年が経過した年。村に11の命が誕生した。それが、お主らじゃ」
ははーん。言いたいことは分かった。千年前の女神の厄災時、神の十葉の年齢も皆20だったと伝わる。それで、予言通りにいけば五年後に訪れる二度目の女神の厄災の年に同じく20歳になる俺たちを、勇者の生まれ変わりと言いたい訳だ。興奮してきたのか、長老が大きく息を吐く。けれど、思い通りにはさせるものか。俺はカナルの伝承も使命も、全くもって信じていない。
「そう言えば、俺らが乗り気になるとでも思ったか」
全員の視線が、自分に集中するのを感じる。しかし、俺が見据えるのはここに居る誰でもなく、カナルの民だの使命だの偉そうに口にする村の大人たち。嘘か本当かも分からない伝承に踊らされている上に、その責任を全て俺らみたいな子供に押し付けてくる、無責任で身勝手な、汚い連中。
「ふざけるな。何が女神の厄災だ。何が神の十葉だ。俺は自分の目で見たものしか信じねえ。もしそれでもそれが真実だとほざくなら、まずお前たち大人が戦え。日頃持ってる鍬や熊手を剣と槍に持ち替えたんなら、少しは考えを改めてやるよ」